第28話 (腰掛け・刑事罰)


 (腰掛け・刑事罰)


 雪葉は廊下の一番奥…つまり、リビングに一番近い扉を開く…と、さすがに天蓋付きのベッドではなかったが、めちゃめちゃ大きいベッドがあった。そして、相変わらずの前面窓ガラス。

 雪葉はベッドに腰掛けて、にっこりと笑う。


「来てくれてありがと…」

「あ…おう…ひ、広いな」

「…そうかな…?部屋、散らかっててごめん…」


 女子のそういう発言はだいたい嘘だったりする。

 けど…雪葉の部屋は確かに汚かった。床には参考書とプリントが散らばっていて足の踏み場もなかった。

 ゴミがあるわけではない。というか、ティッシュとかホコリとかのゴミは一切なかった。ただ、ものが散乱してる。


「悠人?」

「なんでこんなに散らかってるんだ…?」

「…悠人が来たから…///」


 うん、普通片付けるところじゃない?いや別に部屋の汚さとかきにしないけどもっ!でも俺が来ると部屋が汚くなるってどういうこと?


「…座ったら…?」

「え、いやその座る場所がねぇだろ」

「…ここ…あいてる…よ…?///」


 雪葉は自分の隣を叩き、ぽすん、と顔を赤らめた。フリーズすること数秒、我に返ってその雪葉の隣に座る。


「…えと…なんか…どゆこと?っ!?な、なにしてるんですか!?」


 雪葉が突然、ぴっとりと体を寄せて俺の腕にしがみついく。そして俺を見上げていたずらっぽく笑った。


「つかま〜えたっ…///部屋が散らかってるのは〜…こうするため…。そしたら座る場所、ここしかないから…」

「…っ!え、お、おう…」

「えへへ〜…だから、いっしょ…///…ありがと…」

「な、なにが…?俺まだなにもしてないんだけど…?」

「…えっと…分かってくれたこと…」

「ん?な、何を?」

「メール…最後、くれる?ってあったと思う…あれ、わざと…」

「え?」


 確かに、くれる?と最後にあった。あれは来てくれる?を中途半端に消し忘れたからじゃなくて…?


「恥ずかしかったから…消し忘れみたいに打ったの…///」


 雪葉は顔を押さえて、頭をブンブンと振った。かわいい、の感想より先に押し倒しそう、という警告が浮かぶ。


「ちょっ!さすがにあの〜えと〜…うん、俺床に座るよ。うん」


 雪葉を振り払って参考書を押しのけ、床に座る。そして雪葉を見上げると、ふくれっ面をしていた。目があうと、怒ったように視線をそらす。


「意気地なし…」

「ち、ちげぇよ!紳士なんだって…。そ、それよりこれっ…ゼリーっ」

「ありがと…。いただきますっ…。ん〜っ…んっ…ん〜っ!」


 結局渡しそびれたゼリーを今更ながら渡す…と、キャップを外そうとして奮闘し始める雪葉。演技は感じられない。

 そんなにそのキャップって硬かったか?と不審には思ったが。


「俺が開けるよ。貸せ」

「…ん…ありがと」

「ほらよ、飲め」

「…飲ませて…」


 瞬間、脳内を走り抜けるエロシーン…まさか口移し!?なに!?風邪引いた雪葉ってそんなに大胆なの!?エロいことバンバンしちゃう系?

 俺は全然いいけどっ!口移しが終わってもなお、存在しないゼリーを飲ませてあげましょうか状態だけども!

 そう叫んで我に返ると、冷めた視線を浴びていた。風邪を引いた雪葉でもドン引くレベルだったのだろうか。


「…変態…いい、自分で飲む…」


 正直、ここまでの変態さんだとは思ってなかった。

 ふとまくらもとの開いたままのスマホが目に映る。風邪を引いたときに彼氏がきゅんとくる10のシュチュエーション。

 その3ぐらい…ゼリーの袋を持ってもらって、自分はハンドフリーの状態でゼリーを飲ませてもらう。それを狙っていたのだけれど…予想外の展開だった。




「…えと…飯は?」


 目を合わせると顔が赤くなりそうで視線を下げていると、目が合わないようにするために視線を下げたのに、雪葉がベットに寝転がって俺と同じ高さに目を持ってきた。


「…なんで目、逸らす…?」

「…くっ…な、なんとなくだよっ…。それよりっ…お、お昼食べたのか聞いてるんだっ」

「…まだ…」

「じゃ、じゃあお粥食べるか?」

「ん…作ってくれるの…?」

「あぁ、インスタントだけどな」


 コンビニ袋からもう一つのお土産、インスタントお粥を取り出して、俺は足の踏み場のない雪葉の部屋から逃げ出した。



 …はぁぁぁああ…。ドキドキした…でも…効果的かも…。悠人すごい顔赤かった…。

 まくらもとのスマホを取り寄せ、スクロールする。

 えぇっと…次のシュチュエーションは…?




「出来たぞ~」

「…スースー…スー…」


 ありゃりゃ…寝ちゃってる…。

 雪葉が掛け布団の上に寝そべって、そのまま気持ちよさそうに寝ていた。俺のあげたクマさんを枕にしてうつ伏せに寝ていた。

 あれ?…てか雪葉、めっちゃ今更だけど俺のジャージ着てない!?

 …そう、とても自然すぎたから忘れていたけど、昨日俺がかけてあげたジャージを着ていた。

 よくよく見てみると萌え袖でかわいい。


「寝てるのか?」


 一応声をかけてみる…が、返事はない。その瞬間、悪いことを思いついた。俺はお粥を枕元の机に机の上に置き、雪葉のそのマシュマロを見る。

 ぷにぷにで気持ちいいそこを、指が沈み込む極上の柔らかさを持つそこを…。


「…」


 天使VS悪魔の戦いの火蓋が切って落とされる。


 いやいやだめだろ。寝てるのに起こしちまったら悪いし…。

 でも前突いたときはでも起きなかったぞ?

 …人間的にも倫理的にも非変態的にも触ったら駄目だ。

 俺は変態だし倫理観なんて持ってねぇし下手したら人でなしだ。


「…いいよな?別に…」


 勝者、悪魔。


「…スースー…」


 俺は診療に雪葉に近づいて指を伸ばす…。そう、触るのは二度目、そのほっぺたに。

 と、足に変な力が掛かって…コンビニ袋の上に足をのせていたせいで滑った。それはもう、豪快に。それはもう、大勢の立て直しが効かないほどに。


 なんとか手の着地点をずらして、雪葉の顔の横に手を突く。ベットが揺れる。雪葉と顔が急接近した。

 …雪葉の目が…パチリと開いた。


「…あ…」

「…ん…///悪い子…風邪移すかも…だよ…?///」


 雪葉の火照った頬が更に赤みを増す。雪葉が謎なことを言って、目を閉じてこちらに顔を向けた。

 なにを意図しているのか理解できない。が、とにかく謝ることが最善手だ。


「ご、ごめんっ!」

「…え…?」


 雪葉から飛び離れようとして、再びコンビニ袋に足をとられ…尻餅をついた。

 雪葉が起き上がって、俺を見下ろす。体が勝手に、後退りしようとした。心の中に、後悔、の二文字が浮かぶ。

 すると突然、裁判が始まった。


「裁判を始めます…被告人悠人…何かいうことはありますか…?」

「へ…は、はいっ…あ、悪魔が勝ったせいだ、俺は悪くないっ」

「…判決を言い渡す。悠人、有罪…」

「おいっ、検察の発言ゼロだったぞ!」

「静かに、被告人、判決の異議申し立ては受け付けません…」

「ざ、罪状はっ!?」


 正直、ちょっとノリノリになっていたところもある。が、この裁判ごっこで、今の俺の失態がなかったことにならないかな〜と、願っていたりもしていた。

 けど、俺の発言は逆効果だったようで…。


「痴漢未遂罪…あと…乙女心を揺さぶった罪…。刑罰として…」


 …乙女心?へ?なんの話だ?

 痴漢未遂罪はとっても不本意だが、否定できないので黙っておくとして、乙女心?


「食べさせて…」

「…はい?」

「食べさせて…お粥。これ…刑罰だから…っ///」


 …つ、つまりは…。


「あ、あ~んをしろ、と?」

「そ、そうとも言うけどっ…///…別にそういうわけじゃなくてっ…被害者に加害者が罪を償うのは普通だからっ…悠人は下僕なんだから働いてっ」

「いや待て…人を下僕呼ばわりするんじゃない」

「いいからっ…食べさせてっ…///」


 俺におかゆとスプーンを突き出した雪葉。

 これは…まさか雪葉が望んでいるということ?いや、命令してきてるのだから当然か。

 据え膳食わぬは男の恥、俺は受け取って、おかゆを掬う。


「ふーっ、ふーっ…」


 い、いま!悠人の吐息成分が!微量の唾液が!わ、私の食べるおかゆに!きゃっ…か、間接キス〜!

 落ち着いて?そんなのいったら空気的に間接キスしてるから?

 えっ!?私いつも悠人と間接キスしてるの!?そんなに間接キスしてたらもうキスしてるのと同じ!ってことは私もう幸せすぎて死ぬっ!死ぬっ!


「これは罰だから、別にご褒美じゃないしして欲しくてやらせてるわけじゃないから、理解して…///」

「お、おう…」


 悠人がスプーンを私に向ける…が、不満。

 何かが足りない…そう訴える。何が足りない?

 …っ、そうだ。あれだ。


「ちゃ、ちゃんと言って…?」

「…っ!あ…ぁ、あ〜ん…」

「…」


 口の中に暖かいおかゆが滑り込む。

 心臓がとろけるように甘ったるく、ドキドキした。

 そしておかゆは、しょっぱかった。


「どうだ?おいしいか?」


 ここで頭のおかしな私は呟いた。




「こいのあじがする…///」






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