第27話 (メンチカツ・廊下)


 (メンチカツ・廊下)


「…え?…雪葉?」


 朝礼のチャイムと同時に教室に転がり込む。教室を見渡すけど…雪葉はいない。

 いつもの交差点で雪葉を待っていたのに、いつまでたっても来なかった。だから先に学校に行ってるかと思った…のに、いない。


「遅刻だぁぁぁ!ざまぁねぇなケツの青いガキがリア充ごっこするからだよ!毎日イチャイチャしやがってっ、こっちは嫁さんの尻に敷かれてんだよっ!」


 そう言えば今日は副担任が朝礼の日か。うるさい叫び声に耳を塞ぐ。どっちがガキなのかわかったもんじゃない。

 でも、こいつに大人な対応をしても無駄だから俺も叫ぶことにした。別に俺はガキじゃない。


「てめーは黙ってろバカ教師!雪葉は?」


 副担のガキな煽りを一蹴して怒鳴り返す…と、一瞬たじろいだ。生徒の怒鳴り声でたじろぐとかそれでも教師かよ、と、こいつに教師らしくあることなど期待してなかったけど失望する。

 代わりに教室のドア近くの席に座っていたユユギハラが応えてくれた。


「雪葉ちゃんは休みだけど?雪葉ちゃんから連絡とかきてない?」

「聞いてねぇ…」

「とにかくっ!お前は遅刻だざっまぁ!」

「…黙れガキ。…っ、いやでもメールの通知なんて…」


 この副担はスマホを没収しないので人気者だ。ガキだから嫌いってヤツもいるけど…。ちなみに俺はあまり好きではない。

 いつからかって聞かれると約7秒前から。

 スレッドを見てみるが通知はない。と、いうか…ニュースの通知すらなかった。

 なぜか?それは…!


「あ…」

「悠人君どうしたの?」

「機内モードなっとる…!誰だこんなことをしたのはっ…!」


 そう、機内モードになっていた。つまり、ネットに繋がっていない。つまり、メールは当然届かない。

 自席に向かいつつ、機内モードを解除する…と、俺の後ろをユユギハラが歩いた。


「馬鹿だね…」

「俺は天才だ!機内モードの方が充電早くすむんだよ!だから朝からそれで充電してて…」

「なんで朝充電?」

「昨日の夜充電し忘れたんだよ!」

「やっぱり馬鹿だね」


 ぐっ…と突き刺さったので言い返すのはやめた。リュックを下ろして椅子に座ると、同じくユユギハラも俺の隣…つまり雪葉の席に座る。

 動きの鈍いスマホがやや潤滑に動き出して、雪葉からのメールを受け取った。その通知がスマホ上部から垂れてくる。

 ユユギハラが俺のスマホを覗き込んだ。体が近づく…髪から女子の匂いがするけど、興味が湧かないしドキドキしない。

 俺ってやっぱり雪葉じゃなきゃ興奮しないタイプの人間?


「今、私の匂い、かいでたでしょ?」

「ぐっ…いや、まぁ…否定しないけど…」

「感想は?」

「女の子の匂いだな~とは思うけどドキドキしなかった…です…」

「そ…悠人君って変態だね」


 グサッ…と、ツンデレじゃないその発言が心臓にぶっささる。結構傷ついた。

 副担と入れ違いで1限の教師が入ってきたからスマホをしまう。メールは後で見よう。


「う、うるせぇよ!それよりこういうとき一番騒いでそうなハナサキは?」

「ん?あぁ、ハナちゃんはね…雪葉ちゃんがいないからって泣きじゃくってトイレで今泣いてるかな?」

「なにそれ怖い…」


 いつものこと、と肩をすくめたユユギハラは続けた。


「昨日雨だったでしょ?雪葉ちゃんって身体弱いから季節の移りでよく風邪引いちゃうんだよ。お見舞い行くの?」

「あ、あぁ…」

「そ…。ねぇそれよりもさ、昨日はなぜか傘を忘れた雪葉ちゃんはどうやって帰ったんだろうね?

 誰かさんと相合傘でもしたのかな〜?ね?」

「み…見てたのか!?」

「さぁ?心当たりでも?」


 そう嘯いてニヒリと笑い、教室から悠々と出て行く。

 ふと横を見て…その空白の席が、まるで俺の心みたいだった。



 …なんて、詩的なこと…言って…巫山戯てるだけだからな…。

 別に雪葉が休んでたからって悲しい訳じゃねぇ…からな…。

 いま目から垂れてる水は汗だからっ、涙じゃねぇからなっ!




 …今日は卵焼きがない。

 俺は多めに作ったメンチカツにかぶりつきつつ、いつもの出汁巻き卵を求めた。なんでメンチカツを多めに作ったのかは…不問にしておこう。ちなみにもし問題にしたとしても、答えは雪葉にあげるためって訳ではない、ないったらない。

 はぁ…。麻雀するか。


 スマホを取り出し、麻雀アプリを開く…と、結局見ていなかった雪葉からのメールに気付いた。スレッドをタップしてそれを開く。


『風邪引いたから休む。





 くれる?』


 数行の改行の後、その3文字。

 …最後の3文字は誤字?くれる?…来てくれる?とか?

 打ってから消したけど残っちゃった、みたいな?

 別にお願いされなくても行く気でいたけどさ。


 …いつもより、メンチカツの量が一個多かった。




「はぁ…」


 ユユギハラから聞いた通りの部屋番号を押す…反応がないまま十数秒後、もう一度押すか?と考え始めたとき、少しかすれた声が聞こえた。


「…ん…きて…」


 ん?雪葉?家族は居ないのか?

 同時、エントランスのガラスのドアが開く。おぉ…高級マンション、すげぇ…。ゴツくてたかそうなエレベーターもめっちゃ静音だ…。THE金持ちの家だ…。

 その、結構上の方の階。雪葉が雪葉のであろう家の前で、ドアにもたれて俺を待っていた。


「すまん、病人に手間掛けさせた」

「…んん…ありがと…。入って…」

「あ…いやいいよ、迷惑だろ?えと…これがゼリーと…」


 かすれ声の雪葉、いつもより囁きボイスで、雪葉が風邪じゃなかったら俺は興奮していた。自信がある。


 病人だけなら家には上がらずにすぐ帰るか、と思って途中のコンビニで買ってきたお土産を渡そうとする…と、遠慮がちに服の裾を摘ままれた。

 上目遣いで俺を見上げ、いつも以上に吐息の成分の多い声を発する。


「…いて…いてほしい…です…///」

「あ…うん、分かった…お邪魔します…」


 可愛かったのですぐに言うことを聞いた。…雪葉の看病をしたいという気持ちがなかったわけではない。

 玄関に入ってすぐ、タイル張りの廊下が俺を出迎える。

 雪葉が壁に手をついて歩く。思わず後ろから支えたくなったが、変態呼ばわりされるのが怖くてやめた。


 …この家と俺の家のどこがレイアウトが似てるんだ、とGWで俺の家に来た時の雪葉の発言い文句を言いたくなったが、確かにトイレの位置とか、戸棚の位置は似ていた。


 …っ、少し長めの廊下の奥に見えるリビングの光景に今の発言を撤回しよう。

 リビングが全面窓ガラスの家を一般庶民の家と一緒にするんじゃねぇぇぇええっ!

 …俺の叫びがかすかに漏れたのか、雪葉は振り返って首を傾げた。


「…なに…?」

「いや…えと…か、家族は?」

「…お兄ちゃんは朝早いから風邪だって知らない。お父さんはいつも通り会社…に行かせた…今日は会議があるから9時まで帰ってこない…。今は1人…」

「そ、そうか…家広いなぁ~」

「…でも1人…」


 しゅん、と項垂れた。あ…悪いこと言っちゃったかな?と心配になる…が。


「でも今は悠人がいるから2人…えへへ…」


 ぴとり、と俺の腕に身体を預けた雪葉が、俺を見上げてにへらぁと笑った。

 その額にはヒンヤリするシートが張ってある。汗で少し乱れてる髪の毛。ドキッと心臓が跳ねる。

 雪葉の匂いが舞い上がり、鼻から脳天まで一直線に突き刺した。


「ぁ…ごめん…風邪移しちゃう…」


 雪葉が俺から離れて歩こうとする…瞬間、雪葉がよろめいた。

 支えようと手を伸ばす…手が当たる。


 ふにっ…


 や、やわらけぇっ…。な、なんでこんなに…っ!

 その柔らかさに手が勝手に動く。極上の柔らかさ、これが…女子の…っ!


「…」


 雪葉がゆっくりと振り返る。身体がピキピキと固まり、雪葉のを揉む手が止まる。

 怒られるっ…と、危機的状況に感じていたのに、雪葉って脇腹で笑わないんだな、って下らないことも考えていた。

 とにかくっ!早くこの手をさげないと変態認定されちまうっ既にされている…でも手を離したら雪葉が倒れちまうっ…!


 雪葉が俺を見て、少しからかい気味にはにかみ、小さく言った。


「…えっち…///」


 語るのは無粋だ、そう感じた。



 触られてヤな気分にならなかったのは、私が風邪を引いてるからだっ!

 …と、私の下らないプライドが騒いでいた。けど…悠人がきてくれたからなんでもいいやぁ…。えへへ…。






【おまけ】


「ゆぎぢゃんっ!い"ない"なんでざびじぃよぉぉぉ"っ」


 これがトイレから聞こえてくるのだから相当な恐怖である。

 女子トイレの前を通り過ぎて、そう感想を零した。


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