第51話 (裸足)
(裸足)
「すぐに謝るんだ謝るんだ……」
雨が降っていた。
朝、交差点、待っていたけど雪葉は来なかった。ギリギリまで粘って……駅に向かって走る。
でもこの瞬間、雪葉が交差点に着いていたら?今こうやって悩んで走ってる間にも、雪葉が交差点に来ていたら?
雪葉は俺が交差点にいないのを見て、どうなる?
絶対、もっと
それが分かってて、雪葉を待つことが最重要だと分かっているのに……学校に遅れないことの方を大事にする自分が嫌いで嫌いで、どうしようもなく嫌いだった。
だから、学校にいてくれ、先に学校に着いてて、俺がいないのを見て首をかしげててくれ。
そう願ってたのに……。
「おぉ悠人遅刻か!?クロスケといい勝負だな!」
「雪葉はっ!?」
教室を見回す、けどいない。机の横のフックに雪葉の鞄はなかった。同時、朝礼の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
朝起きたら変わっていてくれ、いつものように朝起きたら羞恥心を知らない私であってくれ。
そしたら……悠人だって、きっと喜んでくれる。
なのに、朝起きても私は私だった。
こんな素直じゃないひねくれた物言いしかできない私じゃなくて、素直になれる私だったら、悠人に受け入れてもらえるのに。
お願いだから消えて、お願いだから私は消えて。私が消えれば悠人はちゃんと私を好きになってくれるから。
願ってて、心に穴が空いた。
私は嫌われている。私は受け入れてもらえない。私は必要ない。私はいらない。
掛け布団が濡れてシミができる。二個目のシミができるのは早かった。次々とシミができて、つながって、大きくなる。
雨の音が大きい朝だった。
掛け布団を抱いて、久しぶりにこんなに大きな声で泣いた。
会いに行こう、会いに行けばいい。きっと雪葉は体調を崩したんだ。俺が酷いこと言って傷ついて、体調を崩しただけだ。
別に……雪葉は俺に会いたくないわけじゃない。そのはずだ。
だったらなんでメールの返信がこないんだ?
疑念は沸いて消えない。逆に増えていく。
嫌われたから、愛想を尽かされたから返信がないんだ。
そんな疑念が膨れて膨れて……だったら確かめに今すぐ走りに行けばいい。会いに行けばいい。そう気づく。わかる。
だけど、分かっていても、授業中に飛び出す勇気はなかった。
ラノベの主人公ならここで授業を抜け出して走ってる。ラノベの主人公なら彼女のためにならどんなものだって捨てられる。
なのに、俺には……俺には、プライドも羞恥心も栄誉も金も時間も、捨てられなかった。惨めで惨めで悔しくて……雨の音とともに、誰かのため息が聞こえた。
学校を休んだ。学校には風邪だと適当に連絡した。
心臓に穴が空いたように、秒針が音を刻む度に何かがこぼれていく。蓋をしたくて布団をかき寄せるけど、強く抱きしめるけど、なんの意味もなかった。
空虚感が増していく。
「すきだからすきだからすきだからすきだから……」
呪文のように唱えた。
悠人に届いてしまえばいい、と念を込めて。狂っていて薄汚くてそれでも今の私が出せる、精一杯の愛を込めて。
一人の時ならなら好きだと言える。伝えられる。
でも、悠人の前だと言えない。とげが混じる。嘘が混じる。強引にこの言葉を私から引き出してくれないかと、勝手な期待を混ぜて、裏切られて、勝手に怒る。
私は手を自分から繋げないし聞かれたらうなずけない。だから強引に手を掴んで放さないでほしかった。
無理矢理に私を捕まえて私が反抗できないようにしてほしかった。
抱きしめて、私を許してほしかった。
「一度だけ、君にチャンスをやろう」
屋上階段。昼休み、フウヤに連れられていた。
久しぶりに昼ごはんを一人で食べたあとだった。
「どんなチャンスだよ」
「サイコーに勇気が出る言葉だよ。まるでラノベの謎の強キャラが言いそうな台詞をね、君に授けよう」
「なんだよそれ……」
全てお見通しで全てを分かっているこの友人と目が合えば、泣いてしまう。だから目を逸らして言うと、言葉にトゲがこもった。
でも、この俺の葛藤ですらフウヤにはお見通しなのか、フウヤは息を吐くように笑う。涙が出そうになった。
「この世界はラノベの世界でも少女漫画の世界でもない。現実だ。
君にスゴい能力もなければ、スゴい権力もない。
たかだか君は一般人で、努力することが嫌いで、現金でみみっちくて度胸がない」
いつになく、フウヤの言葉は長ったらしくて厨二病に近かった。そして言葉は胸に刺さった。
「でも、君は自由だ。思ったように動けばいい。ちゃっちぃプライドも金も時間も鑑みて、それで思ったように動けばいい。
君が抱える葛藤も含めて、君がどう動こうが自由だ」
「っ――」
「ま、こんなクサい台詞で感動するようじゃ君はまだまだだね。わざわざ呼び出してごめんよ」
フウヤは言いたいことだけ言って、早口に謝って……階段を下りるフウヤの背中は小さいくせにでかくて、不本意ながらかっこよかった。
ふと、スマホがバイブしていることに気付いた。
このバイブのタイプは悠人のものだと、すぐにわかった。
時計は四時、学校がそろそろ終わる時間だ。
震える腕を伸ばしてスマホを掴む、けど手から滑り落ちた。拾って、電話を取る。
同時、大きな声が耳を刺した。
『好きだ!』
「っ――!」
『聞こえてんのか!?』
「っ……き、きこえて――」
『好きだ馬鹿野郎!雪葉が、どんな雪葉でも好きだ!今向かってるからっ、家開けて待ってやがれ!』
それだけで、電話が切れた。
ツーツー、と電子音が耳に響く。
数秒後、気付けば家を出ていた。
「はぁはぁはぁはぁッ……」
電話を切って、気付く。
周りの人がみんな俺を見ていた。聞かれていたと悟り、体が固まる。顔が赤くなるのが自分でも分かった。
同時、救いのように信号が青に切り替わる、いつもの交差点。
傘を畳んで走る。土砂降りの雨が頭を打った。
水たまりを踏んだせいで水しぶきが顎につく。拭い払って走る。
「あぁくそ馬鹿野郎!」
叫んで、顔を上げて……足が止まった。
傘も差さず、寝間着で、裸足で、こちらを見て固まってる彼女を見て。
俺とは違って、彼女は世間体もプライドも羞恥心も、自分の足も気にしていなかった。
数秒後、顔をくしゃくしゃにして、彼女は走ってきた。
「大っ嫌いバカ!」
私はしがみついて、叫んだ。
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