タイトル詐欺な彼女

第32話 (ベンチ・人差し指)


 (ベンチ・人差し指)


 期末試験なんてイヤな記憶は忘れようぜ?…な?

 いや、勉強会イベントに誘えなかったとかそういう訳じゃないけどっ…それで雪葉に膨れられたとかじゃないけどっ…。


「…でも…まぁ…夏祭りには誘えたしいいよな…?」


 提灯、軽快な笛、鈴の音、にぎやかなざわめき…俺は駅前のベンチに座って、夏祭りを眺めていた。

 そう、雪葉を待ちながら…。

 スマホをチラチラ見て、やけにドキドキする心臓を押さえる。


「ぉ、おまたせっ…」

「…っ…!?」


 振り返る。そう、振り返ったのだ。

 ただ見る世界を180°変える。

 それだけ、たったそれだけなのに、世界はさっきと全く違って見えたし、心はその躍動だけで富士山までジャンプできるんじゃないかってぐらい跳ねた。


「い、いや…そんな待ってない…ぜ」

「そ、そ…。ならいいけど…。ど…どう…?///」


 淡い色の水玉があしらわれた着物。背中の帯は派手ではなく、どちらかというと慎ましやかなその胸レベルに控えめなサイズ。

 前髪はあげて、髪飾りで留めている。

 手首から提げられた巾着が揺れる。


「…へ…変じゃない…かな?いやっ、別に…悠人がどう思うなんてどうでもい…くないけど…///」


 どうでもいい、と体の前で振っていた手をピタリと止め、目を泳がせつつそう言う。

 それって俺がどう思うか気にしてる、って事じゃんか。そう突っ込むのは無粋だからやめておいた。そもそもそんな余裕はなかったが…。


「い、いいんじゃねぇか…?わかんねぇけど…」

「…ぇ…。そ、そっか…。ちょっと頑張ったんだけどな…」


 しょぼん、と肩を落としてつぶやく。そのとき、豪快な笑い声を上げて雪葉の後ろを通ったおっさんがバカみたいにでかい声で言った。


「じょーちゃん、着物似合ってるなぁ!いいぞいいぞ!ガハハハハ!」


 周りの視線が集まって、恥ずかしそうに身を縮こまらせた雪葉は、俺の横にそそくさと座った。そして、小さく、俺にしか聞こえないぐらいの声でつぶやく。


「…ゆ、悠人は…どうおもう…?」

「…え…?」

「わ、私は…周りの感想よりも…悠人がどう思ってるかの方が聞きたい…な…?…まわりとか…どうでもいいから…///

 …き、聞かせてくれる…?」


 普段の雪葉なら絶対に言わないその言葉は…感想を求めていた。

 その分、重くのしかかる。

 言わなきゃ…恥ずかしがり屋の雪葉が勇気を出して、恥ずかしいのを我慢して、俺に聞いてくれてるんだから…言わなきゃ。


 そう思えば思うほど、バカになれと、いつも通りになれと思うほど、緊張が体を縛り付け、根を張るように俺を固める。

 告白しようとしても恥ずかしさで言の葉が喉につっかえる、その感覚を知った。たった一言、言うだけがこんなに難しいんだって知った。

 沈黙が長く続いた。


「ご、ごめん…ヘンなこと聞いちゃった…えと…行こっか…」

「あ…う…ぁ…」


 悲しそうに笑った雪葉が腰を上げる。そんな雪葉を見ても、情けない声しか漏れない。ふがいなさで膝に爪が立った。

 膝を曲げて立ち上がる、その反動で言ってしまえ、言ってしまえ…!


「…そっ、その!」


 歩きかけた雪葉が立ち止まる。そして、振り返ってこっちを見てくれた。

 言ってしまえ!叫べ!


「…スゲー…か、可愛い!///」

「っ!…っ…わ、悪い気は…しない…///」

「…い、いこうかっ…」

「…ん…。あ、ありがと…。うれしい…」


 この瞬間、予兆はあった。

 恥ずかしさからただでさえ頭に血が上っていたのだ。

 鼻の奥がツンと、鋭い痛みを感じる。


「…あ、あとっ…悠人もカッコいいからっ…///」



 プシャァァァッ…



「悠人!?鼻血!鼻血!まって、拭くからっ…」


 雪葉の慌てた声が聞こえる。視界が傾いていく…。

 あれ…なんで空が見えるんだ…?

 そして…空が遠くなる。

 倒れてる…のか?そう思ったときには、意識はなかった。




「んぁ…っ!?」


 目を覚める…と、頭上に雪葉がいた。目の前には満天の星空が広がっている。朝チュンならぬ夜チュン…?


「あ…悠人…おきた…?」

「あ、あぁ…。なにが…」


 確か…雪葉が俺のことをカッコいいって…。っ、思い出しただけでっ…頭が…。

 クラッと視界がゆがむ、その瞬間ハッキリした声が耳を刺した。


「気絶しないでっ」

「ハッ…」

「せ、折角…悠人が誘ってくれたんだし…また気絶されたら楽しめないし…///」

「っ…!」


 可愛すぎる発言に体を起こす。そこでようやく、ベンチに寝転んでいたことに気づいた。…ここまで運んでくれたのか。

 腕時計を確認する…と、待ち合わせの時間から10分過ぎていた。つまり、10分無駄にしたってわけだ。


「ご、ごめん雪葉…」

「…」



 フイッ



 ぷく~っと頬を膨らませてそっぽを向く。

 不満げな顔は赤く染まっていき、やがて口を開いた。


「…て、テンプレな台詞だけど…。ごめん、より、ありがとう、が、いい…って、思ってたりするっ…///」


 やけに言葉を句切って、指を折りながら喋る。五本の指を全部折ってから、ようやくこっちを見て、早口に言った。

 テンプレ過ぎて馬鹿にしていた台詞をもうバカにはできない。

 当然だけれど、雪葉のその物言いはいつかハマっていたアニメのキャラより可愛かった。


「…っ。あ、ありがとう…雪葉」

「ん…///」

「行こうか」


 立ち上がって数歩、立ち止まった。後ろ向きに同じだけ歩いて、雪葉の横に立つ。

 雪葉はうつむいて、じっとしていた。なんとなく勘づいて、震える手の甲を雪葉の甲にそっと当てる。と、数度触れ合った。

 数秒後、つぶやく。


「…いいか…?」

「…ん…///」


 人差し指だけ絡めて、屋台で挟まれた道を歩く。面白そうなものがあっても、立ち止まらない。正確には、立ち止まると手を放してしまう気がして、イヤだ…というか、立ち止まれなかった。

 よこを歩く悠人を見上げる。その顔はカチコチに固まって、ゆでだこみたいに真っ赤だった。でも私も人のことは言えない。


 いいかな…?いいよね…?

 悠人の人差し指を手のひらで握る。悠人のだから握りきれないかな?と思ったけど…意外に小指の方は余った。

 恥ずかしくなって…黙りこくって、行き先も決めずに歩く。

 沈黙が気まずくなって、何かを言おうとしたとき、悠人が先に口を開いた。


「っ…ゆ、雪葉が迷子にならないため…だ…からな…」

「ま、迷子になるのは悠人だからっ…!」

「いやっ!雪葉だ!」

「悠人っ!」


 口論になりかけ、手が離れかける。瞬間、雪葉の手から抜けかける俺の指を雪葉がぎゅっと握った。まるで得た魚を逃がさないように。

 口をつぐむ。沈黙が音を支配して、すべての雑音を消した。ただ、雪葉を見る。

 雪葉は口を開きかけては閉じて、何かを言おうとして黙る。

 何秒か後に、ようやく雪葉が喋った。


「…な、なに見てる…の…?」

「雪葉。雪葉を見てる…」

「…っ…///なんで…?」

「さぁな?あっ、金魚掬いやろうぜ」


 いつの間にか、俺はいつも通りの口調に戻っていた。

 肩をすくめ、金魚すくいの屋台をさす。

 だけど、屋台に向かって速めかけた足は、ぎゅっと再び握られた人差し指で止まった。


「…悠人…」

「なんだ?」

「…ぁ…ありがと…う…///」

「あぁ。どういたしまして」


 渾身の一撃、悠人を照れさせるための渾身の一撃は、180°方向転換して、私に返ってきた。

 優しく笑ってくれた彼に、勝てることなどあるのだろうか。


 ちょっとぐらい…私に照れてくれてもいいのに…。…えと…なんていうんだっけ…あっ、もえる…だっけ?

 私ってそんなに萌えないかな…?


 顔をあげると、慌てて悠人は私から目をそらした。一瞬、その顔が赤く見えた気もする。




Ps:お星様のカケラはこの砂糖たちです!甘いと思ったらレビューしてくれ!笑




【おまけ】(不採用シーン)


「悠人…」

「なんだ?」

「あの…手、つないでもいい…?///」

「えっ…えとっ…」

「っ〜!別につなぎたい訳じゃないこともないけどっ…!ゆ、悠人が迷子になるかもだからっ!///…か、勘違いしないで…」


 そう言いながら強引に俺の手を掴んだ雪葉は…普通の手繋ぎではなく、指と指の間に、指を絡めてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る