第特集話 (クマさん2・飲み物)
【After story of the first act】
(クマさん2)
「あ」
見つけてしまった。
本屋さんの天井から吊り下げられたブランコに乗る、ぬいぐるみよりもクッションと言った方が近いであろうそのクマさん。
悠人のクマさんと同じモノだ。財布を開く。丁度6000円。クマさんから垂れ下がる値札に目を凝らす。税込み5500円。
悠人の次に愛する――っ! 悠人は一番じゃなくて、一番愛してるのは……ゆ、悠人。やっぱ好き。
「何回目だろ、私アホじゃん」
気付けば呟いていた。
この素直になれない自分としたやりとりの回数はゆうに2桁を越えているだろう。馬鹿馬鹿しい。
兎に角、私の親愛なる野口英世と樋口一葉を取り出して弾いた。どうお札を弾いても増えやしない。
「んん」
このGW最終日、することもなく、欲しかった本を買いに来た。のにっ、悠人のクマさん! 恨みます! いざ参る!
天井から私を見おろして笑うクマさんをひと睨みして、お札を財布に閉まった。今は本よりもクマさんが欲しい。
あれが欲しいって店員さんに言うのかな?
次なる問題が発生した。どうやって買おうか。
高校二年生の私があんなクマさんを抱えていたら注目の的だ。恥ずかしい。
でも諦められない。
「んっ」
キッと強く睨んでみても、クマさんは笑みを浮かべるだけだった。
あ~我が愛しのマイハニー。君は
我ながらキモいと思った。ゲロがこみ上げる。
顎に手を添えてブランコに乗るクマさんを睨む雪葉。あのクマさんは俺のクマさんと同じやつだな。
声を掛けるのをやめて、雪葉を見守ることにした。
「あの」
「どうかされましたか?」
「ぁ、いえ。ごめんなさい」
雪葉は歩き回る店員さんに話しかけようとして、躊躇う。見るに、あのクマさんが欲しいようだ。
恥ずかしがってるのか、小さい声で力なく首を横に振る。
店員さんは怪訝そうにするも、忙しいからそのまま通り過ぎる。
確かに、アレが欲しいって言うのは年齢的に恥ずかしいところがあるよな……。
ん? 俺はどうやったかって? 恥ずかしいのを飲み込んで、店員さんに勢い余って土下座した。で、半笑いでプレゼント包装するか聞かれて、そうしてもらった。アレは黒歴史だ。もう二度と
本棚の影から雪葉を見守るが、一向に変化はない。
子供におつかいをさせるバラエティ番組を思い出した。あそこに出てる子供の親はこんな気持ちなのか。
「はぁ」
ため息が零れていた。
ちょっと自分カッコ良くね? なんか本気出す直前の主人公ぽくね? と思う。厨二病で何が悪い。
「仕方ない、やるか」
ラノベの主人公通りの台詞を吐いて、ヘルプの窓口に足を向けた。
「あそこのクマさん、買いたいんですけどお願いしてもいいですか?」
「はい? あぁっ……ふふっ、畏まりました」
「――っ!? あ、あなたはっ! ま、まさか!」
「はい、少々お待ちください。フハハハハ!」
俺はこの人を知っている。俺はとてもよく、この人を覚えている。この様子、多分この人も俺のことを覚えている。
この人は。
「今回は土下座をしないようだな、勇者よ。ククククク!」
すれ違い際に魔王がそう呟いたのと、膝から力が抜けて俺が跪いたのは、ほとんど同時だったと思う。
「はぁ」
未だにクマさんを見上げてる雪葉には呆れた。
あと愛らしすぎて胸がキュンキュンする。キモくて結構、雪葉が可愛ければそれでいい。
足音を立てずに雪葉に忍び寄り、その肩を叩いた。
「っ!? きゃっ……っ!?」
こちらを振り返りながらしゃがんで、悲鳴をあげかける雪葉。寸前で堪えてくれたけど、視線が集まる。
俺だと気づいた雪葉はこちらを睨み上げた。
ちょっとふくれた頬が可愛い。あと頭を両手で押さえてるのも。
「よっ、びっくりしたか?」
「悠人のばかっ! おたんこなすっ」
「ごめんごめん。それで? あのクマが欲しいのか?」
「っ! い、いやろそういうわけじゃないしっ。勝手に推測してヘンなこと言わないで。私は本を買いに来ただけだから」
ピコン、と頭の中に案が浮かんだ。素直に欲しいって言われたらあげるつもりだったけど。
雪葉、素直じゃないのが悪いんだ、俺の悪巧みを許せ。
「そうか……いやぁ〜間違えてあのクマさん買っちゃったんだよなぁ〜。もらってくれるかと思ったけど〜、そうか。
じゃあほかの人をあたろうかな。また学校で会おうぜ」
そう
「痛い痛い痛い痛いっ! ちょっ、痛いって!」
「ん。それ、買う、買ってあげる」
少し肩を掴む力が緩まる。ギュッて掴まれるなんて想像もしてなかったせいで悲鳴をあげてしまい、再び視線が集まる。
さっきと逆の立場だ。なんか悔しい。
雪葉が不服そうな顔で札を突き出す。俺の愛しの野口ちゃんと樋口ちゃんだ。
だけれども。
「いや、無理して買わなくてもいいよ。兄貴に売ればいいし」
「私が買うって言ってる」
「欲しいのか?」
「別にそういうわけじゃないけど、何か? 需要と供給が釣り合ってるのにそれ以上に必要なものってある? 贈与論ならなおのこと――」
そこまで言った後に俺を見上げ、一睨みして口を閉ざした。
ちなみにこのまま雪葉が言い続けていたら、もっとイジワルするつもりだった。心の中でも読まれたかな?
「ほ、欲しい……ってことにしてあげる」
「わかった、じゃあやるよ。お金はいらないぜ。だって今日って」
瞬間、息を飲む雪葉。俺の口角が勝手に上がる。
別に細かい記念日をいちいち何かを渡す気にはならないが、何かを人に渡す日がたまたま記念日と重なったなら、その記念日を祝っても罪ではないはずだ。
クマさんの入った紙袋を突き出しつつ、決め台詞を吐く満を持して、口を開いた。
「付き合って一ヶ月だろ? その記念日じゃなくてもこれぐらいあげるけど、ついでだ。付き合ってくれてありが――」
「おかーさんっ! あのクマさん欲しい!」
子供のねだり声で決め台詞が途切れる。
決め台詞モードから我に返ると、ふと雪葉と目が合った。
雪葉は俺の突き出す紙袋と俺を交互に見ること数秒、俺の手から紙袋を奪って、すれ違い際に耳元で何かを言った。
真っ赤な耳が印象的だった。
「ありがと。その、どっちも」
紙袋の上からでも感じるこのモチモチ感。恥ずかしさに私はぎゅっとクマさんを抱きしめて、悠人の締まらない決め台詞を頭の中でリピートさせた。
えへへ、やっぱり悠人すき。
クマさんのどんぐり眼がこちらを見つめていた。
Ps:決め台詞の決まらない男。
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