甘え上手な彼女

第23話 (ビール・ジャージ/前編)


 (ビール・ジャージ/前編)


「おっは~」

「おはよ…」

「おはよっ、雪葉ちゃん」


 朝、教室に入ると、悠人は自然と私から離れる。

 少しさみしいけど、離れる背中から覗く、こちらに向けて振られる手の平を見ると嬉しくなる。いつものことだ。

 悠人の代わり…って言うとヘンだけどハナちゃんとユユちゃんが話しかけてくる。中学からの付き合いでずっと一緒にいる親友だ。


「へいへいYOYO!悠人YO!」

「朝からテンションたかいなぁ~…」

「おはよ、悠人」

「あぁ、おはよ」


 悠人にだって友達は当然いる。

 ザキヤマ君とか、フウヤ君とか…。クロスケ君は遅刻魔だから今はいない。


 フウヤ君は男の子なのに僕っ娘っぽくて、ボーイッシュな女の子、と言われたら信じてしまうほどだ。男の娘ではない。

 女声も真似できるし、今まで彼のネカマに引っ掛かった人は三桁を越えるらしいし、女子力も高い。そして萌え袖が似合う。

 少し嫉妬する。そして敵対心を覚えている。


「ずるい…」

「雪葉ちゃん、何がずるいの?」


 ユユちゃんが私をのぞき込む。口から出てしまっていたようだ。

 なんて誤魔化そうか考えていると、ハナちゃんが私の視線を追って、私の考えている事を察してしまったようだ。


「あ~確かにフウヤは女子力高いもんね~。誰かさんを取られないか、心配なの?雪ちゃんかわいい〜!」

「でも雪葉ちゃんって飾らないかわいさがあるから別のベクトルじゃない?

 もっとなんていうか…萌えるより愛らしい、みたいな?もっとも、悠人君は真摯だし浮気とかしなさそうだし安心していいじゃない?」

「…別にフウヤ君のことじゃないしっ…」


 素直に認めるのは癪だから否定しておくけど、二人ともニヤニヤ笑うだけで、私の否定を信じる気はなさそうだ。

 一度ハナちゃんに、なんで私の考えていることが分かるのか聞いてみたことがある。

 そしたら帰ってきた言葉は…大好きだから…と。


 悠人と目が合った。


「くぅぅぅっ…!」


 その瞬間、悠人が顔に手を当てて、何かを悲願するようにしゃがみ、お父さんがビールを飲んで唸るときのように叫んだ。

 私には悠人の考えている事が分からない…。


「あれは例外。アイツの頭の中は単純すぎるから雪ちゃんには逆に分かんないよ」

「そうだね~。あっ、でも別に雪葉ちゃんが悪いんじゃなくて、当事者には分からないものってことだよ?そういうものだから」


 わけのわからないフォローをもらって戸惑う。なんとなく周りに目を向けると再び悠人と目が合った。

 そして…悠人はさっきと同じように呻き声を上げた。

 どうしたんだろ…?



 授業とは、教師が生徒に語りかけることによって成り立つ知識の伝授である。俺はそう解釈しよう。

 で、あればこそ、ただただ穴埋めプリントの答えをスクリーンに映すこの時間、授業ではないんだと俺は判断する。

 ゆえに、俺は雪葉を見るべく、机に寝そべって雪葉に顔を向けた。


「あ"~…まぢダリぃ…」

「…悠人、しっかり授業受けなきゃ…」


 いや決して断じてゆめゆめ、悠人が机に寝そべってこっちを見てきたせいで私が悠人を眺められなくなったからそんなことを言った訳じゃない。

 そもそもっ!なんで私が悠人を見るなんて事があろうか!そんな見とれるほど格好良くなんて…カッコ良くなんて…。

 ふと悠人を見ると気怠げそうに、私を越して窓の外を眺めていた。


「かっっっ~…!」


 ~っこいぃぃぃいいっ!

 なにこのフッ…って感じ!どこぞの韓国アイドルですか!?キャッ…。

 なにを隠そう、私は今、とてもハイテンションである。

 …なんでかって言うと…それは…。


~2時間前~


「はぁはぁはぁはぁ…」

「ウギョーッ!あと何周!?」

「そのまま走って地球の自転を追い越せ!」


 体育は体育着を忘れたから見学だ。

 長距離走の測定日なのに…と、目の前を通り過ぎる足を睨む。

 私は明日の放課後にでも、1人で走らなければならない。

 悠人も私も部活をやっていないから、毎日一緒に帰ってるのに…明日は、一緒に帰れない…。


 そう考えると、たったそれだけで心が苦しくなった。

 目の前を悠人が走り抜けていく。その瞬間、ガバッと目の前を何かが覆った。


「すまん雪葉!それ頼む!」


 そんな悠人の声が聞こえてきた。

 すんすん…悠人の匂い…クマさんよりも濃い…。汗の匂いも…。


 正直、視覚や触覚よりも先に、嗅覚で判断したと思う。これは悠人のジャージだ、と。

 すんすん…いやっ、別に私は嗅ぎたい訳じゃなくて…ホントに悠人のジャージか確かめるために…すんすん…。


「えへへ…」


 顔に被さっているジャージのお陰で、どれだけだらしない笑みを浮かべようが誰にも咎められない。

 まさに至福の一時…でも、至福の一時とは、すぐに終わってしまうもの。


「はぁはぁはぁはぁ…しゃーっ!はぁはぁはぁ…」


 横で人が倒れる気配がした。間違いなく悠人だ。私が間違えるはずがない。

 仕方なく、ジャージを顔からむしり取った。ほら悠人だ、こんなの匂いでわかる。

 タイマーを見ると…丁度7分になったところ。それほど喜ぶようなタイムじゃない。


「はぁはぁ…ごめん…雪葉…暑くて投げた…はぁはぁ…」

「ん…くさかった…持ち帰って洗濯する」

「グバァッ…いや、確かに高2になって1回も洗ってないけど全然汚れてないぞ?確かに2ぐらい使ったけど体育着が汗は全部吸うからさ…。

 そこまでくさいか…?」


 訳の分からぬ言い訳をしながら、自分の腕に顔を寄せて匂いを嗅ぐ悠人。

 実は全然クサくない、というかいい匂い。でも言うと恥ずかしいのでその言葉は飲み込んだ。


「ん…私が責任を持って洗濯する…」

「え…?いや…」

「するから…っ///…決まりっ、ソレで終わり…!」

「あ…おう…」


 無理矢理押し切ったお陰でジャージ獲得だ。

 私はうれしさからこぼれる笑みと、赤いであろう顔を隠すため、ジャージに顔を埋めた。


 …っ!イヤ別に私はこのジャージの匂いを嗅ぎたくて顔を埋めた訳ではないっ…。


 頭の中で騒いでいるうちに、身体を起こした悠人が大きく息を吐いて、こちらを見た。

 ジャージ越しに鼻呼吸をして、横目に悠人を見る。…悠人を見る。

 慌ててジャージから顔を離し、臭いとアピールするために花をつまむ。

 すると悠人が悲しそうな笑みを浮かべて口を開いた、


「雪葉は明日の放課後に測定するのか?」

「ん…」

「分かった。付き合うよ、俺が教師の代わりに見とくよ。雪葉のこと」


 柔らかく口角を上げた悠人。正直、私はここからあまり記憶が無い。

 ただ、戦利品のジャージを、サンタさんから貰ったプレゼントを手放さない子供のように、掴んでいたことは覚えている。


 そして…冒頭に戻る。





 【おまけ】


 俺はいつもと同じようにフウヤやザキヤマに挨拶をしながら席に向かい、荷物を下ろす…。

 と、友達と喋っていた雪葉と目が合った。思わず顔に手を当てて床に膝をつける。


「くぅぅぅっ…!」


 雪葉かわいぃぃぃっ!可愛すぎだろぉぉぉ!

 数秒後、再び顔を上げると、もう一度目が合った。


 かっ…可愛すぎるんだよぉぉぉっ!反則だろぉぉぉっ!

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