第17話 (台詞・帽子)
(台詞・帽子)
「はいぃ?」
改札を通り掛けたその時、ふと見上げた電光掲示板が、緊急停止と文字を出した。
後ろ向きに数歩、雪葉も俺に習って下がる。
「ちょっと待ってみるか」
「ん、何もないといいけど」
掲示板を眺めつつ、兄貴のせいで面倒になったスマホのロックを解除する。
数分後、いつものようにうざったい、ニュースの通知がスマホの上部から垂れてきた。
踏切で衝突事故が起きたらしい。
ぐるっと蛇が自分の尻尾を噛むように円を描いたこの路線は、どこかが止まれば全てが止まる。
便利だけど、時にウザい。
復旧まで少なくとも1時間ぐらい、ってのを見て、電車を待つ気が失せた。
それは雪葉も同じだったようで、キッと、何も悪くない電光掲示板を睨む。
「そんな怒るなって、仕方ないだろ?」
「怒ってないっ。別に折角の悠人とのデート……あ、遊びなのにこんなときに限って電車が止まる因果律に怒ってるっ」
「因果律って。まぁ確かにいつも止まらないくせに今に限ってってのはあるな」
結局怒ってるじゃん、っていうと俺に飛び火するからやめておく。
デー……遊びの寸前に運が悪い。幸先がよろしくなくて困るぞよ。
いや、緊急停止が電車に乗ってるときじゃなくてよかったと言うべきか。
ちょっと不機嫌な雪葉に腕が勝手に伸びる。そして帽子の上から雪葉の頭を撫でた。
脳みそは何やってるんだ、と、大焦りしてるが動きは止まらない。
「っ! なっ……!」
雪葉は驚いて目を見開くが、結局俺の手を振り払おうとはしない。
どころか、そのまま撫でているとむすっとしてフイッとそっぽを向くだけで、別に嫌がらなかった。
何故か帽子ですら柔らかく感じる。
「クサい台詞だしテンプレで逆にカッコ悪すぎる言葉だけど。勿論、怒ってる雪葉もいいぜ? でもやっぱ笑顔が一番だよな」
「っ、クッサ。ダサいしカッコ悪い」
少し、目の下を赤くして、目をそらしながら小さく雪葉が悪態をついた。
グガッ……ナイフはかなり心の深いところまで刺さって、よろめく。
分かってた台詞だけどかなりキツい。
でも、よろめく俺を支えようと手を伸ばしてくれた雪葉を見て、心の傷はすぐ治る。優しくてこの子可愛い。
「で、どこいく?」
「ん~……」
雪葉は顎に右手を当てて、左腕で右腕を支える格好をする。
これ探偵服着せたらめっちゃ可愛いんじゃね!? いやっ、絶対可愛い!
心の叫びが届いたのか、雪葉にチラッと軽く睨まれた。
「何?」
「秋葉原行こうな?」
「? 今電車使えないけど。真面目な案ある?」
「あっ。いやダメだろそれは」
カラオケ? いや、こんないい天気なのに?
ゲーセンは――そう雪葉を見るが、俺も雪葉も煩いのは嫌いだ。
カフェは――前回とほとんど変わんねぇじゃねぇか。
そんなとき、1つ思いついて声に出てしまう。
「何?」
「いや、なんでもない」
「何? 言って。聞いてくれってフリじゃなさそうだし余計に気になる」
雪葉が問い詰めるように俺に顔を寄せた。
ふわりと香るシャンプーの匂いに胸が不意打ちで高鳴る。
兄貴は会社、母さんはいつものように夜勤、ということで2人とも夕食も外で済ませるのだと聞いていた。
「引くなよ? 別に他意は無いからな? その……家くるか? 誰もいないし」
「っ、バカ変態」
俺の腕をグーで殴る。手を抜いてくれたのかもしれないが、それでもかなり痛かった。
でも俺の発言が悪かったから、軽めに雪葉を睨むだけで止めておく。
今日親いないけど、家くる?
これは子供間においては純粋な遊びの誘い、大学生ぐらいになると完全にソレのお誘い。
その中間にいる高校生の、家くる? は微妙にソレのお誘いに近い。ましてや、交際関係にある男女が休日のデー……遊びでそんなことを抜かせば、7割方ソレのお誘いだ。
俺はまさしく今、ソレのお誘いをしたようなものなのだ。変態っていわれてもしかたない。
そして下心は――少しだけある。
「で、でも、行ってあげなくもないっ。暇だし、時間あるしっ」
「そうだよな。じゃあ他の所行くか。どこいきた―― ?」
耳を疑う。今俺の家行くって?そう言った?
雪葉は俺を置いて、青になった横断歩道を渡り出す。慌ててその横に並んだ。
「行こ。仕方ないしお邪魔させてもらう。いいかな?」
「あ、あぁ、俺は全くもって問題ないけど。じゃないと誘わないし。でもいいのか?」
「何度も言わせないでっ! ちょっと恥ずかしいんだからっ」
キッと振り向きざまに軽く俺を睨む。
赤い顔とその睥睨は不釣り合いで、思わず抱き締めたくなる。
雪葉の写真集とか欲しい。
「きゃっ!」
その瞬間、大風が吹いて雪葉の帽子が風邪に煽られた。
雪葉が手を伸ばしたけど、届かない。
ここで俺が格好良くキャッチできたらもう雪葉は俺にベタ惚れじゃね? 最高じゃね?
そんな邪心と共に俺は後ろに大きく飛んで、その先端を掴んだ。
そこまではいい、けど、後ろに飛んだことで崩れたバランスが立て直せないまま、身体が落ちていく。
「っ!」
「げっ、いってぇ……」
「悠人……ケガ無い?」
見事カッコ悪く地面と衝突した。捻挫とかはしていないが、カッコ悪いところを見せてしまった。あぁ不甲斐なし。
顔を上げると、あ~あ、って顔で俺をのぞき込む雪葉が目の前にいた。顔が近すぎてドキッとする。
慌てて立ち上がって服に着いた汚れを払った。
「あ、あぁ、そんな大した事では……っ」
腕を伸ばすと、肩の裏に鈍い痛みが走る。
少し顔を顰めたのが、雪葉には丸見えだったようだ。
「ケガしてるじゃん」
「いやただの擦り傷だから大丈夫だって。はい、しっかり被っとけよ?」
「ありがと」
雪葉の頭に帽子を乗せると、ビクッと身体を跳ねさせて、すぐに帽子のツバを掴んで引き下げた。
目の辺りが隠れるけど、ほんのり赤い顔は隠せてない。
「確かに今のはたかが擦り傷だしちょっと消毒すれば問題ないけどっ」
今度はは顎を引いて完全に顔を隠すと、ちいさなこえでぽつりと。
「大けがされたら遊べなくなるし……///」
何この子! めっちゃ可愛い! スゲぇ可愛い! 分かってたけど可愛い!
可愛すぎる発言に心臓が跳ねる。
その後の発言も可愛かった。
「ちょっと格好良かったの、駄目。ずるい、着地は悠人らしかったけど。急に格好良くならないで……っ。胸が、追い付かない」
その後に続いた言葉に有頂天に躍りかけたが、考えてみれば辛辣だった。カッコ悪いのが俺のデフォルト? と。そして文脈判断せずとも、モロそう言われていた。
お前はカッコ悪いのだと。
だって、カッコ悪いくせに時々格好いいところが、好きなんだもん……。
そんなことは伝えられる筈も無い。
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