第12話
十二
小野も含め、その場にいた全員が何が起こったのか把握出来ていなかった。唯一、事態を飲み込めていたのは先ほどまで自分たちを嘲笑していたアダムズだけだった。しかし、そのアダムズでさえ、今では動きを封じられ、ひどく弱々しく見えた。
「身体制御装置の使用、アーニーの多用、しまいにはOー七三八の盗難に改造、そして散布。数えきれない規約違反と重罪だ。とうてい許されるものではない」
ライアンはウィリアムの体を乗っ取ろうとしたアダムズにゆっくりと近づいていった。
「私は諮問委員会から君宛の文書を預かっている」
ライアンはこめかみを軽く叩くと、まるで目の前に文書があるかのような口ぶりで言った。
「アダムズ・ギャウルス=ウイ・レプリティアン。あなたは数々の違反と罪を重ねました。これは中央委員会創設以来の大罪です。我々はあなたを処罰出来る法は持っていません。よって、あなたを聴取したのち、『殺処分』とします。これに対して何か意見がございますか?予想されるおよそ九千二百七十八通りの質問に対する回答をこちらは用意してあります」
アダムズは引きつった笑みを浮かべた。
「はっ、中央委員会も随分と本気じゃないか。私は常に種の合理的進化を進言してきた。しかし、あなたたちはそれをことごとく無視した。だから独断で行ったのだよ。そして事実、私の計画によりここに七人の新たなる人類が集まった!」
アダムズが叫びにライアンは冷たい視線を送ると、再びこめかみに指を当てた。
「その質問に対する回答としては、我々はあなたの主張する種の合理的進化は非倫理的であり、種の特性を著しく欠如するものとして、これ以降も認めるつもりはありません。また、あなたが人工的に作り出した新人類、いわゆる『リモデリング・プラン』の成功体は他文明の関与が行われた物質であると認定し、規約により自我を持つ者以外は全て処分となります」
その言葉にアダムズは唖然とした様子を見せた。そして急に怒りの表情を浮かべると、狂ったように叫び出した。
「これだから頭が硬いんだよ、あんたらは!上層部のごく数人が決めたことにだけに従って、自分の意見を完全に消して行動する。それこそ、愚の骨頂だ!なあ、ムラナ」
ムラナと呼ばれたライアンはただ黙ってアダムズを見つめるだけだった。
「なんとか言えよ、おい!おいリース、お前も他種族でありながらよくこんな奴にのこのこと仕えることが出来るな!」
リースと呼ばれたムトはしばらく俯くと、
「私は秘書官としてムラナ様にお仕えしているだけです。それ以上もそれ以下のこともございません」
と、冷たく言い放った。
「これ以上、見苦しい姿を晒すのはやめろ」
ムラナが諭すようにアダムズに語りかけた。確かに、目の前の現実に耐えられず嘆き喘ぐ彼の姿はひどく虚しく見えた。
「お前ももうわかるだろう、アダムズ・ギャウル……」
「その名を口にするな!」
アダムズがはち切れんばかりの声で叫んだ。それはウィリアムの声帯を使った声なので、ウィリアムは喉あたりがチクチク痛むのを感じた。
「そんな、コードネームと出身星と、種族で区別された名前で呼ぶのは止めろ!なあ、昔みたいに仇名で呼んでくれよ、アダム・イブって……」
アダムズは今にも泣きそうな声で言った。
「私は君を仇名で呼んだ覚えはない。君はアダムズだ」
「そんなことあるものか!自分が育てた息子のことも忘れたのか!」
その言葉に小野はひどく悲しみを覚えた。おそらくムラナという人物とアダムズは親子の関係だったのだ。それが今、こうして裁く側と裁かれる側の形で相対してしまっている。もし、これがフィクションならば、とても皮肉で残酷な物語だな、と小野は思った。
「お前が合理的進化論を唱えた時から、私はお前のことを息子と思ったことなど一度もないよ」
ムラナはアダムズの頭に手を乗せた。
「これから君をウイ星に転送する。転送後は先ほどのように聴取を受けてから殺処分される。何か言い残したことはあるか?」
アダムズは何も言わずに首を横に振った。
「そうか、なら私から一言。君は私たちが来ることもアーニーを使って知っていたんじゃないか?そして、それに対抗する策も考えていた。しかし、実際にそれを使わなかった。そこから考えられる結論は一つだ」
ムラナは間を置くと言った。
「君は私に会いたかったんじゃないか?そして話を聞いて欲しかった。子供の頃、夕飯を食べているときに今日あった出来事を無邪気に話すかつての自分のように……」
アダムズは目を細めると言った。
「そんなこと、もう忘れちまったよ……」
ムラナは静かに「そうか」と言うと、アダムズの頭を強く押さえつけた。
ウィリアムは自分の体からはっきりと何かが抜けていくような感覚がした。鎮静剤によって意識はぼーっとしていても、頭の中では何が起きているのかはっきり理解していた。おそらく、ムラナという人物がアダムズを自分の体から抜き去ったのだろう。ウィリアムはそう解釈した。そして、その解釈は間違っていなかった。ムラナはアダムズが抜けたウィリアムの体にベンゾジアゼピン系を相殺する薬を投与して、ウィリアムの意識を元に戻した。
「まずは『ありがとう』と言うべきかな」
モランが緊張が抜けた表情で言った。
「礼には及ばない。我々は我々の責務を果たしただけさ」
ライアンはそう言ってニコリと笑った。
「あなた、本当のライアンではなさそうね。それにムトも……」
エリーが猜疑心に満ちた目で二人を見た。
「自己紹介が遅れたね。私はムラナ・ギャウルス=ウイ・レプリティアン。こちらは私の秘書のリース・サリウシ=バイオ・シウリシアン。君たちの言葉で言う、りゅう座の方向に数百光年離れたところにある惑星、ウイから来た、いわゆる異星人というものです」
みんなが彼の言葉にどこから突っ込めばいいかわからず、固まってしまった。
「レプリティアンというのは聞いたことがある。古代より人類を観察し、裏から世界を操っているという陰謀論を聞いたことがあるよ」
ウィリアムの言葉を聞くとムラナはハハハと笑って見せた。
「私たちは本来、そのようなことは一切しません。我々は宇宙にいくつかあるとされる同盟の一つ、宇宙同盟機関の一員として規則の範囲内で行動しています。その中には未発達の文明に干渉しないことや、他人を口実もなしに殺害してはならない、あなたたちの常識と近い内容がほとんどです。おそらく、その陰謀のほとんどが先ほどのアダムズの話でしょう。彼が本当に迷惑をかけました」
ムラナは頭を深々と下げた。
「そちら側の事情を話してくれるかしら。そうじゃないと私たちは納得出来ないわ」
エリーが態度を変えずに切り込む。
「いいでしょう」
ムラナはこめかみを軽く叩いた。どうやらこの動作がウィリアムでいう目を細める動作に近いということに小野は気づいた。
「ことの発端は今から数十年前、我々の首都、ウイ星からあるウイルスが盗まれました。それは危険性はわかっていたけれども、今後の研究に役立つものとして保管されていたものでした。それこそがあなたたちが『アペプ』と呼ぶ『O-七三八』です。盗んだのはデタ・ドルアという八歳の少年で、彼はアダムズに身体制御装置によって体を乗っ取られた状態で犯行に及んだようでした」
「ちょっと待ってくれ」
モランが話を遮った。
「さっきからちょくちょく出ている身体制御装置とは一体なんなんだ?」
「あまり技術的なことは規約に触れるので言えませんが、特殊な電磁波を対象の中枢神経に放射し、対象の神経系に電流を発生させます。その電流を操作することによって装置の使用者は対象を自分の思い通りに操ることが出来るのです。生物は微弱な電気信号を送ることによって体を動かしています。あれを応用したものです。この技術は極めて危険で、長期にわたり使用すると対象の記憶にまで障害が出ることがわかりました。ですので、わが同盟ではかなり前から使用を禁止しています」
チャールズが私と一緒にいた期間をアダムズに操られていたとしてもおかしくない。そう考えると、彼が私のことを忘れていたということも説明出来るな。
ムラナの説明にモランは一人納得した。
「我々はやがて『O-七三八』を盗んだのがアダムズであることを突き止めました。アダムズはかつて宇宙同盟機関の諜報部で未発達文明の監視と報告を担当していました。その中であなたたち地球のことを話題に合理的進化を唱えていました。合理的進化の意味についてはもうお分かりですね?詳細は省きます。我々は彼の向かった先が地球であると判断し、私とリースを派遣しました。地球に着いた私たちは最初に人類を監視する拠点となる基地を訪ねました。それがジョー・モリスとミランダ・カステヤノスが訪れたユカタン半島にあるあの地下遺跡なのです」
ムラナはジョーたちの方を見た。ジョーはミランダの介抱をしていたのだが、ムラナの話には耳を貸していた。
「あそこには本来、何もありませんでした。最低限の機材と衣食住の装備しか置いていなかった。そのはずなのに壁には大量の文字が刻まれ、世界中のいたるところの宗教的偶像が置いてありました。あれはおそらくアダムズがあなたたちの気を引きたいがために行ったことでしょう。私たちは地下遺跡に落ちていた毛髪からジョー・モリスとミランダ・カステヤノスを見つけ、そこで『リモデリング・プラン』について知りました。『リモデリング・プラン』の詳細はデータから完全に削除されていたため、直接聞いてみるしか手段が残されてしませんでした。そこで当時のゾルダクスゼイアン幹部たちにアーニーをし、最も話す可能性の高い劉・美友のところに行きました」
「ちょっと待ってくれ」
小野はムラナの話を遮った。
「さっきアダムズが『予知』だと言っていたのを君は『アーニー』だと言っていたが、それはレプリティアンだけが持つ特殊能力なのか?」
ムラナはしばらく考えてから言った。
「理論的には私たち以外の生命でも使えることは可能です。しかし、脳の情報処理能力がかなり高くないと使えません。ですので、現時点では情報処理速度が宇宙で最も高い私たち、レプリティアンでしかアーニーは使えません。そもそもアーニーとは推測に近いものです。対象の過去や関わってきた人物、これから関わるであろう人物の経歴や家系などの情報をすべて頭に入れた上で、対象の未来の行動を推測することがアーニーの本質です。アダムズは我々の中でもこの能力が最も秀でていました。彼のアーニーは百パーセントの精度を持ち、外れたところを見たことがありませんでした」
「となると、僕に神崎守として送られてきたあの小説もアーニーによるものなのか?」
「おそらくそうでしょう。あれは彼だから出来た芸当だと思います」
僕の持っている知識だけでは解明出来なかったわけだ。
小野は自分の不甲斐なさに悔しさを覚えつつ、相手の圧倒的な文明の差を見せつけられて無力感も感じていた。
「あとはあなたたちの想像に足りることです。劉・美友の紹介でライアン・ロフスキーとムト・ノーラに同意を得て身体制御装置を使用してここまで辿りつくことが出来ました」
「そうなると、私たちが現地入りしていた時からムトではなかったってこと?全然気がつかなかったわ」
エリーが感嘆した声を上げた。
「そうでしょう。リースの種族は周囲に紛れることを得意としていますので、彼女もその能力を受け継いでいるんですよ」
ムラナの奥にいたリースがニコリと優しく微笑んだ。
「あの……。私たちは、これからどうなるんですか?」
ネハが心配そうに尋ねた。
「ああ、これからの話をしないといけませんね。劉・美友にはすでにワクチンのサンプルを今回のみ使用することを条件に開発させています。じきに量産され、このパンデミックはアダムズの予想よりも被害者を出さずに幕を閉じるでしょう。君たちもアダムズの手によって作られた人間ではあるが、自我を保っているし、危険性は少ないことが確認出来たので『処分保留』という形で上には報告しておきます。ただ、我々のことは一切口外しないでください。これが条件です。そして、他の『リモデリング・プラン』の成功体はすでに自我がないことが確認出来たので、このままこちらで処分させてもらいます」
最後の言葉にネハは胸が締まる思いがした。自我がなかろうが彼らも自分たちと同じ人なのだ。そう思ったのだが、彼女は何も言わなかった。いや、言える勇気がなかった。
「今回の派遣でこの星の文明レベルを見て、十分やっていけると判断しました。このことはまだ決定事項ではないですが、おそらく数年のうちに私たちの代表が現れて宇宙同盟機関に加盟するよう申請をするでしょう。その時は君たちの誰かがぜひ声を上げて賛同してほしいのです」
ムラナは澄んだ瞳で苦しい試練を乗り切った七人を見つめた。
「そういうのは私の役目だね。この中で一番知名度が高いのは私なのだから」
ウィリアムが得意げに言った。
「ああ、よろしく頼みます。それからもう一つお願いがあるのですが……」
ナガル・パルカルで起きたパンデミックから一週間後、IHOはアペプのワクチンの大量生産を開始した。ワクチンは何の支障もなく世界各国に届けられ、アペプのパンデミックは死者およそ一億八百万人という、数字としてみればかなりの被害なのだが、それでもアダムズの目的よりもかなり下回った人数に抑えることが出来た。
このパンデミックの裏で人類の未来を左右するような事態が起きていたことは誰も知る由もなかった。
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