最終章から始まる鎮魂歌

名無之権兵衛

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その一



 それは自分のテーブルの上にポツンと置かれていた。


 小野世は昼休憩から帰ってきたときにそれを見つけた。分厚い角形二号の白封筒で、宛名には現在地である新談館の住所と、小野世の名前がきれいに印刷されていた。


 はて、誰がこんなものを。自分の担当していた先生から新作が届いただろうか。


 興味本位で封筒を手に取り、裏返して送り主を確認する。


「神崎守」


 裏には小さくそれだけしか書いていなかった。


 神崎……。いや担当している先生にそのような苗字の人はいなかったはずだ。


「竹内さん」


 小野世は向かいの席に座っている先輩の竹内に声をかけた。竹内はたばこをふかしながら新聞を読んでいた。


「これ、竹内さんの担当じゃないですか?」


 竹内は白封筒を一瞥した。


「知らんなぁ。そもそも、先生方がわざわざ担当以外の編集者に原稿を持ってくるか?」


「持ってきませんよねぇ」


 小野世は白封筒を見つめた。確かに竹内の言った通り中身は間違いなく原稿が入っている。


「せやろ。きっと新人さんやて。無視してもええし、まぁお前さん、今はやることもないんやし、読んでみてもええんちゃう?」


 竹内は再び視線を新聞に戻した。小野世はペーパーナイフで白封筒の上を切って中身を取り出した。ざっと数えて四〇〇字詰めの原稿用紙が二〇〇ページはあった。そして、一番上にはプリントアウトされた文字でA4の紙にこう書かれていた。


『小野世伊地様


 はじめまして。


 まず、このような形で原稿を送ってしまい、申し訳ございません。私は栃木県で自営業を営んでいる神崎守と申します。


 私はかれこれ五十年近く生きているのですが、子供のころからの夢である小説家がどうしても諦めきれず、一つ、とびっきりの自信作を仕立ててみました。それを知人に読ませましたところ、知り合いに編集者がいるから、読んでもらったらどうかと言われまして、あなたを紹介されました。なにぶんしがない一個人が書いたつまらないものですので、お仕事のほうを優先していただいて構いません。どうかよろしくお願いいたします』

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