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 男が丁寧な口調で訊いてきた。


「はい、そうですが……あなたは篠塚さんではありませんね?」


 法案は嫌な感じがして聞き返した。


「わたし、ロンドン市警のユナン・アーワライトと言います。失礼ですが、篠塚さんとはどういったご関係でいらっしゃいますか?」


「関係もなにも今日初めて会う予定だったんだ。四日前に彼が持ってきた仕事の説明を受けるためにね……。彼に何かあったのか?」


 しばらく間が空いた後、ユナンが口をこもらせながら言った。


「ああ……李さん。大変申し上げにくいのですが、篠塚さんは二日前に亡くなられています」


「なに?」


 法案は耳を疑った。確かに彼は篠塚が二日前に亡くなったと言ったのだ!


「そんな話、私は聞いてないぞ!」


「しかし彼は現に亡くなっているんです!」


 ユナンは語気を強めて言い返した。


「電話ではらちがあきませんので、一度署の方まで出頭願えませんでしょうか?」


「まさか、私を疑っているのか?」


 法案のいらだちは限界まで来ていた。


「いえ、そういうわけではございません。ただ事情を説明したいだけでして……」


「なら、そっちがこっちに来ればいいのではないか? そもそも私は彼とここで待ち合わせをしていたんだ」


 電話から数人が話す声が聞こえる。どうやら仲間と相談しているようだなと法案は推測した。


「わかりました。今から私が向かいますので場所を教えてください」


 法案は店の名前を教えるとユナンは「すぐに行きます」と言って電話を切った。


 やれやれ、大変なことになった。最初は夢にまで見た未完の名作の続きを書く話だったのに、刑事事件の参考人として聴取を受ける羽目になるとは……。


 法案はアルバイトの学生に二杯目のコーヒーを頼んだ。


 そこから約三十分経ってカフェの入り口に一台のタクシーが止まった。タクシーから降りてきたのは小太りで髭を鼻元に生やした中年の男だった。彼は麦色のトレンチコートを身にまとい、同じく麦色のシルクハットをかぶっていた。もしこの世に名探偵ポワロが実在するのなら、こんな人物ではないかと思うくらいの容姿をしていた。

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