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「それが……、あなたに仕事を頼みたいのだそうよ。何でも『月の鳥』の続編をお願いしたいのですって」


「何だって!?」


 法案は走らせていたペンを放り投げた。


「『月の鳥』ってあの『月の鳥』か?」


「どの『月の鳥』かわからないですけど、オサム・ヒダリヅカが書いた『月の鳥』らしいわ」


「それだ!」


 法案はここ最近で一番の声を上げると椅子から立ち上がった。間違いない。日本の漫画界の巨匠、左塚治の未完の名作「月の鳥」だ。


「それで、担当者はなんて言っている?」


「今度の日曜日にあなたが行きつけのカフェで仕事の説明をしたいそうよ」


「わかった。今度の日曜日だな。予定を空けておく。それ以外に何か言ってなかったか? 名前とか連絡先とか……」


「ええ、名前はマモル・シノヅカ、丸川出版に勤務しているそうよ」


 丸川出版は確か「月の鳥」を発行している出版社だ。ますます仕事に信憑性が帯びてきた。法案は興奮のあまり体を震わせた。


 そしてやってきた日曜日だが、約束の時間はとうに過ぎていた。かれこれ一時間は待っている。


 遅い、遅すぎる。遅れるなら連絡の一つや二つ入れるのがマナーというものではないか。


 法案は次第にいらだちを募らせてきた。運ばれてきたコーヒーもすっかり飲み干して二杯目にいくかどうか悩むまでになってきた。


 よし、二杯目を頼む前に一度電話をしてみよう。


 法案は携帯電話を取り出すと、真莉愛から教えてもらった番号を携帯に打ち込む。二、三回の呼び出し音の後に男の声が聞こえた。


「はい、もしもし」


 男の声は深くくぐもっていて聞き取りづらかった。


「篠塚さんの電話で大丈夫ですか? わたくし先週お電話をいただいた李法案なのですが……」


 電話の奥ではなにやら大勢で話す声が聞こえた。一体どうしたのだというのだろう。法案は疑問に思った。


「失礼ですが、ノーベル文学賞を受賞された李法案さんでいらっしゃいますか?」

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