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気づかれないように足を忍ばせながらそっと音の方角へ近づく。
いた!ケツァールだ!
ターコイズ・ブルーの羽毛に体を包み、上尾筒に長い飾り羽をつけ、毅然とした姿で胸を張り立つ姿は古代マヤ文明やアステカ文明の人々から大気の神として崇拝されるにふさわしい格好をしていた。
カメラを構えてうまく焦点を絞り込んでいく。こちらの気配に気がついたのか、ケツァールが一瞬こっちを向いた。
いまだ!
カメラのシャッターを押す。深緑の密林の中で一羽優雅に立つケツァール。これはなかなかいいものが撮れたな、とカメラマンの森須城は満足げな笑みを浮かべた。
とっさに彼は我に返る。彼はケツァールを撮るためにはるばるメキシコのユカタン半島に来たわけではないのだ。
目的の場所まで、あと一時間くらいか。
森須は手元のGPSで現在位置を確認した。辺りはとても平和に音が循環していて、こんなところに「彼」の手がかりがあると思えないほどだった。
森須は人よりも聴覚が優れていた。音を距離と大きさから重ね合わせるようにして聞き取り、それらの音をヘルツごとに聞き分け、音の正体を特定することが出来る。
そんな彼の耳が人の呼吸音を聞き取った。呼吸の具合から性別は女性、年齢は二十代前後、そしてかなり弱っているようだった。行くか、行かないか、森須は迷った。彼にはここでやるべきことがある。本来なら聞こえるはずもない声だ。無視して先に進んでもいい。しかし、彼の良心がそうはさせなかった。気づいたら彼の足はその音に向かっていた。
茂みや倒れた樹木を避けながら行った先に彼女はいた。金色のミディアムヘアーの彼女は短パンにタンクトップという軽装で木の幹にぐったりと寄りかかっていた。太ももには何かに噛まれた跡があり、血が止めどなく流れていた。
「……あなた、だれ………?」
女性はいまにも途切れそうな声で尋ねてきた。
「通りすがりのカメラマンだ。あんた、こんなラフな服装で密林に入ろうなんて何を考えているんだい?」
森須はしゃがみ込んで女性の顔を見た。ラテン系で整った顔立ちの彼女は妖艶と言っても過言ではないくらい美しかった。
「……お願い……、助けて……、ヘビに……」
「ヘビ?」
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