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森須は眉をひそめると辺りを見回した。すると、一匹のハブが踏みつぶされて死んでいるのを見つけた。おそらく森を歩いていた彼女はこのハブと遭遇して噛まれたのだろう。噛まれた直後にハブを踏みつぶしたのだが、毒が回っていまに至ると彼は推測した。
「わかった。いま応急処置をするから動かないでくれ」
彼はリュックの中から毒を吸い出すための吸引器とタオルを取り出した。血液の流れを遅くするため、傷口の上部をタオルで緩く締めたあと、吸引器を傷口に当てて毒を吸い始めた。ほのかに彼女の体から甘美な香りがしてきた。その香りの正体を森須自身は知っているのだが、あまり好きではなかった。その香りは自分の理性が届かない部分を刺激されているようでなんかモヤモヤし、おまけに集中力は落ちるのでなんらメリットがないからである。
二、三度毒を吸い出すと彼女の方はずいぶん楽になったようだった。
「……ありがとう……」
彼女は柔らかく微笑んで見せた。
「立てるか? まだ応急処置しかしていないからしっかりとした医療設備で治療しなきゃ後遺症が残ってしまう。ここからしばらく行ったところに俺が使っているベースキャンプがあるからそこに行こうと思うがそれでいいか?」
「……ごめんなさい、肩を貸してもらえるかしら。そうすれば歩くことは出来るわ」
彼女は森須に向かって手を差し伸べてきた。森須は嫌な予感がしたが断る理由もなかったのでその手を取って肩に回した。とたんに甘い香りが先ほどよりも増して彼の鼻に入ってきた。
調子くるうなぁ……。
森須は彼女の肩を支えながら歩き始めた。
「……本当に助けてくれてありがとう。……あなた、名前はなんて言うの……?」
「森須城だ。フリーでカメラマンをやっている。……君は?」
「……ランダ……、ランダ・ミノス・カステヤ……」
「そうか、よろしくな、ランダ。どうして君はここに……」
そう聞こうと思ったのだが、彼女はうとうととし始めていた。その顔はとても安らかで、天使が昼寝をしているようだった。
しょうがないな……。
森須はリュックを前に担いで彼女を背負い、ベースキャンプのあるイグナシオ・サラゴサへ向かった。
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