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法案は右手を挙げた。
「どうして今回の事件は殺人と病死の二方面で捜査しているんだ? 発生してから二日も経てば、解剖も終わって捜査の方向性が決まってくるころだろう」
「……よくご存じですね」
ユナンは気恥ずかしそうに髭をさすった。
「むかし警察の友人から聞いたんだ。こういう知識は一度身につけると忘れない頭でね」
法案は右人差し指でこめかみをトントンとたたいた。
「捜査の機密上、あまり外部に漏らすことは出来ないのですが、遺体からは致死性の病原菌の類いは検出されませんでした。つまり被害者は病死ではないのです」
「ではなぜ……」
「犯人の痕跡が何一つないのです。鑑識が血眼になって探しましたが髪の毛はおろか、靴跡も、被害者の体に何か手を加えた形跡もないのです。まるで被害者が突然その場で血を噴き出して亡くなったってしまったかのようで。ですので、まだ知らない病気があるのではないかと専門家に意見を伺いながら被害者の身辺を洗っているところです」
ユナンはお手上げ、というように両手を少し上げて見せた。
「病死の方向は難しいんじゃないか? 全身から出血する病気として有名なのはエボラ出血熱だが、その反応は出なかったんだろ? 最新の医学ジャーナルとか読んでいるが、原因がわかっている症例でそのようなものは見たことない……いや、ちょっと待て……」
法案は目を細めて思い出す態勢に入った。一度みにつけた知識は忘れない彼にとって「思い出す」とは膨大な蔵書がある図書館で指定した本を見つけるかのようにキーワードで日付や内容によって絞り込んでいく作業なのである。
医学誌、変死、全身から出血……
これらのことはもののコンマ数秒の間で行われている。
「そうだ、確か一年くらい前に同じような事件がフランスで起きてたね、その事件との関連性は?」
「李さんのおっしゃるとおり一年前、十七歳の少女が同じようなケースで死亡する事件が起きました。しかし一週間後に捜査本部は持病の発作による病死だとして捜査を終了しています」
「どういうことだい?」
「あくまで噂なのですが事件を隠蔽したとの話です。隠蔽の理由は色々言われていますが、証拠がないのではっきりとしたことは言えません。ただ、この事件に何かしら大きな圧力がかかったと私たち現場の人間は考えています」
ユナンは懐からシガレットケースを取り出した。
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