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 思えば君は私が入院してから忙しい仕事の合間を縫って欠かさず見舞いに来てくれたね。そのことに私はとても感謝しているよ。君の話はとても面白いし、何よりそれを嬉しそうに話す君の顔が私は好きだった。


 さて、教師の仕事をしていたのに恥ずかしいのだが、私は昔からどうしても口下手でね。大事なことに限ってはっきりと言葉に出して言えないんだ。だから死ぬ前に言わなければいけないことがある人にはこうして手紙で伝えることにしている。


 つまり、私は君に伝えなければならないことがあるのだが、このことは君にも、そして私自身にも少々混乱を与えるものだ。だからこの手紙を読んだ後に私に会うようなことがあれば手紙の内容には一切触れないでもらいたい。これから書くことはそれほど困惑することなのだよ」


 先生が私に言ってない困惑する話? なんのことだろう……。


 心の中で興味と不安が大きく入り混じりながらモランは手紙の続きを読んだ。そこにはモランが全く考えてもいなかったことが書かれていた。


「……私は君のことを一切憶えていないのだよ」


 !?


「……書類上、確かに私は二十五年前に君のクラスの担任をしていた。しかし君のクラスの担任をしていたであろうその一年間の記憶が一切残っていないんだ。いじめっ子たちから君を救ったということも、君に人生の標語となるような言葉を残したということも全く何も憶えていないんだ。


 最初は年のせいかとも思った。しかし現に私は五十年前から現役を引退する二年前まで、担当した生徒の顔を一人ずつ思い出すことができるのだ。君を担当していた一年を除いて。


 これがどういうことなのか、私は納得出来る答えを持っていない。おそらく君だってそうだろう。しかし、私が君を知らないというだけで、君だけ面会謝絶にすることが出来るだろうか。そんなこと出来るはずがない。何より、私は君のことが大好きだったから、そんなことは出来かった。


 君にとっては私と過ごす時間は密なものだったかもしれないが、私にとって君との付き合いは淡泊なものだった。けれども、その淡泊な時間に私は君からたくさんの笑顔を受け取り、幸せに暮らすことが出来た。最期の時を君と過ごせたことを心より良かったと思っている。


 君のこれからの人生にあふれんばかりの幸があることを、遠い場所から祈っています。


 チャーリー・アダム」

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