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手紙を読み終わったモランの目からは涙は出なかった。自分の最も大切な恩師が自分のことを全く憶えていない。彼は膝に手をついた。
じゃあ。あの時、私を助けてくれた人は一体誰なんだ!
モランは心の中で叫ぶと目を閉じた。瞼の裏に広がったのは少年時代、暗い顔をするモランの肩をがっしりと掴み「懸命に生きろ」と励ますチャーリーの姿だった。
そうだ、やっぱりあの時私を救ってくれたのは先生だ。どうして先生の記憶から私がいなくなってしまったのかわからない。でも、私にとって最も尊敬する人は先生だ。それだけは間違いない。
モランは目を開いた。目の前にはアーロンが心配そうに彼のことを見ている。
「大丈夫ですか?」
「ああ、少し手紙の内容に驚いただけです。お気遣い、ありがとうございます」
「ならいいのですが……」
モランはふと時計を見た。そろそろ病院を後にしないと顧客との面会に間に合わない。
「そろそろ失礼します」
モランは一礼するとチャーリーのいる病室の前で立ち止まった。肺にある空気をすべて吐き出し、大きく吸ってから扉をノックして開く。病室に看護師の姿はなく、来た時と同じようにチャーリーだけがいた。
「先生、そろそろ失礼します」
「そうか、また来てな」
チャーリーは微笑みを浮かべた。
「今度は子供も連れてきますよ。息子は先生と同じチャーリーにしたんです」
「そうか、それは楽しみだな」
モランは軽く会釈すると病室を去ろうとした。これがおそらくチャーリーに会える最期の時だとわかっていながら何も知らないふりをして歩を進めた。今まで正直に生きてきたモランにとってそれはとても辛いことだった。
出口に立った時、チャーリーが呟いた。
「モラン君、ありがとな」
その言葉にモランは何も反応しなかった。反応すればその場で涙があふれて止まらなくなり、心の奥底にあることをすべて吐き出してしまうだろうから。
時刻はいよいよ正午に近づいてきており、太陽は先ほどよりも高く上がり人々を照らした。病院から出たモランはその眩しさに目を細めながら「ウォーリアー」本社に向かっていった。
それから数日経ってチャーリーが亡くなったとの知らせを受けた。彼は臨終の間際で苦しみだし、全身から血を噴き出して絶命したそうだ。
身寄りのいなかった彼の葬儀は知人が喪主となって、ごく少数の元同僚の間で執り行われた。その葬式にモランが呼ばれることはなかった。
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