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 なにか気に食わぬことでもあったのだろうか……。


 ランダはそう推測しつつ何食わぬ顔でついて行った。


 外は土砂降りの雨で、傘をさすのもやっとなくらいだった。正面玄関でベンを車に乗せるとランダはまっすぐパナマ・ヒルズに向かって車を走らせた。


 ベンは車に乗るなりどこかに電話をかけ始めた。


「……ああ、私だ……、久しぶりだね。『彼』から聞いたのだが……ああ、本当にやる気か? あれが世に出ればどれだけの人が……、いや、そうだな、確かにそうだ。まあ、『それ』はいま君の元にあるんだ。どうしようと君の勝手だ。だがな、私は忠告したからな……ああ、それじゃあまた」


 電話を切ったベンは軽く舌打ちすると


「これで世界は大変なことになるぞ」


 と、つぶやいた。それが何を意味するのかランダはわからなかったし、深くさぐろうとは思わなかった。


 パナマ・ヒルズに着くと、ベンは足早に自分のオフィスへ進み、戸を閉ざした。ランダは入り口付近の警戒をライオネルともう一人の部下、ホセに頼むとヒルズ内の見回りをした。


 それにしても、ベンの会合の相手は誰だったのだろう。どんな人間も必ず自分の匂いを持っている。しかしベンの会合の相手は匂いがしなかった。そんなことあり得ない。もしかしたらテレビ電話を使ってやりとりをしていたのかもしれない、と一瞬考えたがすぐに違うことに気づいた。なぜならフロント係がその相手は入室していると言っていたからだ。つまり本人があのレストランに来ていたということになる。ではいったい……。


 ふと特異的な匂いがランダの鼻をついた。じわっとしみこむような鉄の匂い、これは血の臭いだ!


 状況を確認するために二人の部下に無線で呼びかけてみる。だが、どちらも反応がない。


 背筋が凍るような感覚がした。脳裏によぎったのは数年前の出来事。爆発音、銃声、仲間の叫び声……。


 彼女はベンのオフィスに急いだ。心の中で何度も「No pasa nada, No pasa nada」と唱えながら。しかし、現実は彼女の思いを突き放すかのように、血の臭いはどんどん強くなっていく。


 最上階のエレベーターホールに着いた。ここから彼のオフィスまであと十数メートルの距離だ。

 そのとき、ランダは後頭部に鈍痛を感じた。彼女は何も抵抗出来ないまま床に倒れ、意識を失った。

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