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「誰かいませんか! いたら返事をしてください!」


 彼に事情を説明すれば許されるだろうか。いな、そんなことはない。どうやらこの書き手の言うとおりにするしかないようだ。


「……君がこの困難をくぐり抜けて私の前にたどり着くことを心より期待しています」


 メールの最後にはそう書かれてあった。


 余計なお世話よ。絶対に正体を突き止めてやるから!


 ランダはデスクの横にあったゴルフクラブで窓をたたき割った。猛烈な風と雨水が彼女を襲う。次に彼女は電源ケーブルを長くつなぎ合わせたものを窓から垂らし、一方を百数キロある大理石の彫像に巻き付けた。


 ランダはゴム手袋をはめると、電源ケーブルをしっかり握りしめる。雷が鳴り一瞬怖じ気づいたが、すぐに冷静になった。


 窓に足をかけたところで銃声が一発鳴ってオフィスの扉が開き、フェイドと数人の警備員が入ってきた。辺りの惨状を一見してからランダを見たフェイドは、一瞬ためらいの表情をにじませた。


 ランダはフェイドのことを見ると外に向かって窓の縁を蹴った。遠くでフェイドが叫ぶ声が聞こえた気がしたが、暴風雨に阻まれて聞こえなかった。




 第四章




 李法案(リ・ハーアン)はここ数年にないくらい心を躍らせながらフラスクウォーク沿いにあるカフェの窓際の席に座っていた。バイトの学生が注文したコーヒーを持ってくると、円を描くようにミルクを注いだ。


 ことの発端は四日前、いつものように自宅の書斎で執筆していた時だった。妻の真莉愛がメモを片手に入ってきた。


「あなた、日本の出版社から電話が入りましたわよ」


 そのときはいつもの面倒な仕事が来たのだと思った。去年の冬にノーベル文学賞を受賞して以来、国内外の出版社からインタビューやサイン本の仕事が急激に増えた。そんなのは本来の作家の仕事ではないと考えていた法案は、そういった仕事を必要最低限に絞っていた。


「いったいなんの用だい?」

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