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 ランダは少し引ける思いを抱いたが、すぐにかき消した。彼女はその容姿端麗さから今まで数多くの男に言い寄られてきた。しかし彼女自身はそういったことにあまり積極的ではない。なぜならその人の気持ちが匂いですぐわかってしまうから……。


 ウノオーシャンクラブについた一行は会合があるレストランまで向かった。さすがはパナマシティ内の最高級のレストランだけはあって完全個室だった。会合が行われる部屋まで来ると、ベンは「君たちは入り口にいてくれ」と言ってランダたちを部屋に入れず中へ入っていった。


 ベンが部屋に入ってからしばらく経ち、パナマシティ上空には積乱雲が発達してきた。あと一時間もしないうちに豪雨になりそうだ。この頃になってランダは違和感を覚え始めた。部屋からは上質な和食の香りとベンの匂いしか漂ってこないのだ。つまり部屋の中にはベンしかおらず、相手はまだ来ていない。だが同時に食事は既に始まっているということになる。


 まだ相手が来ていないのに?


 対象のプライベートについて深く詮索しないのが社の決まりになっているが、嘘をつかれると対象との信頼関係に影響が出る。ランダは部下のライオネルを入り口で見張らせフロントに向かった。フロントで受付にいるコックシャツを着たフロント係に尋ねる。


「十二号室のベン・羽鳥のボディガードの者なのですが、お相手の方が来ているかどうか確認していただけますか?」


「十二号室のベン・羽鳥様ですね、少々お待ちください」


 コックシャツを着たフロント係は手前のディスプレイを操作した。


「お連れのお客様は既にご入室されています。他に何か?」


 フロント係の言葉にランダは驚きを見せた。


「では、お相手の方の名前などを教えてもらえることは出来ませんか?」


「申し訳ございません。当レストランの守秘義務のためそのような情報をお教えすることは出来ません」


 フロント係は申し訳なさそうに頭を下げた。


「わかりました、ありがとうございます」


 ランダは受付をあとにした。


「どうしたのですか?」


 部屋の入り口に戻るとライオネルが尋ねてきた。


「ちょっと気になることがあってね、ただの思い違いだったみたい」


 時間が経つにつれて雨脚が強くなり、風も加わっていよいよ嵐の予感がしてきた。


 午後九時三十分、会合の予定終了時刻よりも早めにベンが部屋から出てきた。彼はひどく不機嫌そうで、入り口にいた二人を見るなり「行くぞ」とだけ言って先に進んでしまった。

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