第53話 必要なことは・・・
はっと目が覚めた時、友星の目には涙が伝っていた。
あまりに悲しく、あまりに辛い記憶に、思わず涙が出ていたらしい。
「っつ」
そんな友星の顔を、黒城は不思議なものを見るような目で見ている。
どうして泣いているんだ。
どうしてお前が泣く必要がある。
そう、その目が問うているのが伝わってくる。
表情は全く変わっていなかったけど、とても理解できないと目が訴えてくる。
「だって」
人を恨むにも妖怪を恨むにも十分すぎる理由。
そして、誰も手を差し伸べなかったのだという事実。
その二つが心をずんっと重くしていた。
しかし、今までのように無意味に黒城を嫌悪する気持ちは消えていた。理解してしまったからこそ、無闇矢鱈に嫌いだと言えなくなってしまっていた。
そのおかげなのか、傍にいても不思議と怖さは感じなくなっていた。もちろん、寒さも感じない。それどころか、目の前にいるスーツ姿の青年に、とても親近感を覚えていた。
妖怪と人間の狭間で苦労した人。
必要な時、必要な手助けをしてもらえなかった少年。
その姿に晴明を重ねてしまうからだろうか。
そういえば、黒城と晴明はどこか解り合えるという感じだった。だから晴明は友星の手助けをしてくれたのだった。では、自分がやるべき事は――
「お前は本当にとんでもない馬鹿なんだな」
「なっ」
しかし、その黒城から吐き出された言葉に、酷いと友星は声を詰まらせた。ひょっとしてもう、黒城は同情されることさえ厭うのだろうか。
「――お前はどうして、俺の記憶を覗き見たというのに、そんなに普通でいられるんだ? 人殺しの最低野郎だって理解しただろ。普通は今まで以上に嫌悪するものなのに。それどころか、俺のために泣くなんて」
信じられん。
そう正直に告げてきた黒城の顔は、どこか泣きそうだった。
あれほど怖かった端正な顔が、今は人らしい表情を浮かべ、そして迷子のように困惑している。
「だって、その・・・・・・あなたが望んでやったことではないみたいですし」
そんな黒城に向けて、友星だってどんな言葉を掛ければいいのか解らない。というか、黒城って何歳なんだろう。ざっと記憶を見た限り、友星よりいくらか年上のようだが。しかし、さほど大きくは離れていないはずだ。
「望んでいない、か。どうだろうな。生きていくために誰かを踏み台にする。それだけだ」
「――」
そんな黒城は、疲れたとばかりに友星の傍に腰を下ろす。
そんな至近距離に座った黒城は、やっぱり同い年か少し上くらいのようだ。無理に大人になった人。そんな印象を受けた。
今までずっと背伸びをしていたような、そんな顔だった。
「俺はどうしてそうまでして生きてきたのか。解らなくなった」
「――」
「復讐だけを考えている時は、そんなことを思わなかったのに。お前が目の前に現れて心を乱され、そして、こんな変な展開にならなければ、俺は総てを破壊して消えたはずなのに」
「――」
変な展開と言われ、はっとなった。
そうだ、自分は黒城とぶつかったのだ。そして、何故か黒城の記憶を早回しで見る羽目になった。自分の格好を確認すると、泰斗と合体した姿ではなく普通だ。いつもの自分に戻っている。
「あの、ここどこ?」
「お前が訊くか?」
「す、すみません」
反射的に謝ると、思い切り溜め息を吐かれた。
ああもう、どうして俺って全員から、こういう反応しか引き出せないのだろう。自分が情けなくなる。やっぱりまだまだ下の下なのか。
「ここはお前の精神世界だ。たぶん、ぶつかった衝撃でお前の他者の力を利用するお前の能力が間違った作用を起こしたんだろう。それか、その手前に泰山府君を取り込んでいたせいかだな。ともかく、俺たちは今お前の中にいる」
「お、俺の」
って、自分はここにいるけどと友星は首を傾げた。
「だから、精神世界だと言っている。さて、泰山府君に選ばれ、黄泉の国の王たる月読命の息子よ。この戦いに相応しい決着とはなんだ?」
「え?」
「俺はもう、戦う理由が消えてしまった。お前のせいで」
お前が、俺のためなんかに涙を流すから。
黒城はそう言ってそっぽを向いた。
それで、黒城がずっと欲しかったものを理解する。
そうだ、彼は誰かに振り向いてもらいたかったのだ。そして、一緒にいようと手を差し伸べてもらいたかった。
それなのに、彼の傍にはそんな人はおらず厭うか利用するか。そんな人たちしかいなかった。
「決着は」
だから、友星はその決定をあっさりと口にすることが出来ていた。
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