第35話 やはり妖術はイメージ力

  泰斗の屋敷に戻り、自分の身体の中に戻っても、魂に刻まれた震えはそう簡単に収まってはくれなかった。

 狐者異の恐ろしさは、まだまだ人間としての感覚が強い友星には辛いものだった。

「まったく。黒城のど真ん前に飛び降りるとは、馬鹿か」

「す、すみません」

 しかし、震える友星に対し、晴明の一言は容赦がなかった。

 ずばっと馬鹿と言われ、小さくなるしかない。反論の余地はない。

「が、それが結果として豆腐小僧との連携を生み出せたんだろうな」

「――」

 さらなる叱責を恐れて小さくなっていたのに、次に掛けられた言葉がそれで、友星はそっと晴明を窺ってしまう。しかし、表情は険しいままだ。

 これは多分、褒められていない。殊勝に次の言葉を待つしかなかった。

「あんな技は豆腐小僧には備わっていない。つまり、友星がイメージしたことが反映された結果だということになる。面白い」

 が、怒り続けているわけでもないらしい。

 それに、友星だけでなく横に控えていた莉空も首を傾げた。

 この人は一体何を考え、何が言いたいんだろう。そういう状態である。

「備わっていない術も使えるか。つまり、友星次第でどんどん別の技が作れるってことか?」

 ひょっとしてと、泰斗からもらった酒を飲む崇徳院が訊いた。

 どうやらこの大親分には通じたらしい。この人もまた一部は人間だからか、たまに鋭い反応を見せる。

「ええ、そのとおりです。雷を起こす場合でも、崇徳院様とでは出来ずに莉空とは可能だったのも、結局は友星のイメージ力によるんです。崇徳院様の強烈な雷は、友星のイメージの範囲を超えてしまっていた。だからちゃんと操作できなかった。ところが、莉空規模の雷ならばイメージどおりなので操れたというわけです」

 晴明の答えに、莉空はちょっとむっとするも、相手が大親分とあって黙っている。だが、友星としてはそういうことかと納得だった。

「つまり、俺が欲しいと思うレベルでしか発動しないってことですか。それを越えちゃうとコントロール出来なくなってしまう」

「ああ。それと同時に、イメージさえ出来れば何でもありというわけだ。やはりチートキャラらしいね。そしてそれが、君の半妖としての能力のようだな」

「へ、へえ」

 そうなんだと、友星は自分の額に触れる。

 ここでイメージ出来れば戦えるというのは便利なようで不便だなと思った。なんせ、友星には想像力というのが欠けている。

 それは美術の成績が物語っているところだ。今までで二以外取ったことがない。

「ううん。つまり、あの時はバリアがあればと無意識に思ったから、豆腐がバリアに」

 そして、起った現実は何とも間抜けだなと思ってしまう。

 豆腐をバリアにって、普通ならば何の役にも立たないだろうに、火事場の馬鹿力だろうか。何でもいいからバリアと思ったのと、直前にべちゃっと豆腐が潰れた偶然が重なっただけだろうか。

「ま、鍛え方次第ではどうにでもなるということが解ったわけだ。つまり、黒城に対抗できるかもしれない。ただ」

 晴明は首を傾げている友星をずばっと指差す。おかげで、豆腐バリアへの思考がぴたっと止まった。

「黒城の持つ狐者異の力に飲まれたら終わりだ。さっきみたいに」

「そ、そうだ」

 晴明の指摘は尤もで、友星は忘れていたと床に項垂れる。

 イメージ力を鍛えて対抗できるかもしれない。それは朗報だ。しかし、あの根源的な恐怖を覚えたら一巻の終わり。

 今も、ちょっと豆腐バリアで緩んでいたが、すぐに恐怖が這い上がってくる。まだ、黒城から発せられた狐者異としての恐怖が残り続けている。

 あの死神を思わせる顔。そして、自分に芽生える絶対的な恐怖。これに打ち勝つ術があるのか。

 妖怪になればそこまで恐怖は感じないという話だったが、相手は半妖だ。自分には大きく作用するのかもしれない。

「その点は考える必要があるだろうな。それにしても、死神ね。たしかに、奴に備わっているのはただの狐者異ではなさそうだ。それは当然、友星の能力が完全に桂男と一致しないのと一緒なんだろう。半妖であるために自由度があるってことだな。奴は恐怖をもたらし破壊をすることを望んでいる。それが、より相手に嫌悪感と恐怖を与えることになっているのかもしれない」

「ですよねえ」

 やっぱりそうか、と友星は項垂れる。

 相手も半妖なのだ。それも、完璧に自分の能力を操れる半妖。ということは、イメージ力を応用することもすでに気付いているのかもしれない。そして、どういうわけか黒城はそれを総てマイナスの力にしてしまうのだ。

 いくら狐者異と人間の半妖だからとはいえ、自分と同じように別の応用があったかもしれないのに。

「それだけ、恨むことがあったってことですよね。そしてそれを、能力として応用している」

「ああ。黒城がどうしてああなったのか。その過去を調べる必要はあるだろうが、あの男は動きが早い。それに弱点になるようなことを、そう簡単に探らせないはずだ。となると、早急に対策が必要だな」

 そう言って晴明は、にやりと笑う。

 それに友星は、あっ、これはまた何かやらされるなと溜め息を吐くのだった。

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