第31話 戦争状態へ

 本気になった黒城の動きは速かった。

 こちらに修行をさせる気が無いのは明らかで、次々に被害報告が入ってくる。それも朝から晩までひっきりなしだ。

「めちゃくちゃだな」

「ええ。我々は完全に後手に回っている状態ですから」

 あちこちから入る被害報告に、泰斗は指示を出しながらも疲れてくる。

 東で妖怪が大量に消えたと報告が入れば、北で惨殺された妖怪がいると報告が入る。他にも火事や盗みが頻発し、今、泰斗が作り上げた街は混乱の真っ最中だった。

「俺はどうすれば」

 そんな状況で、ようやくこの街に住む覚悟が出来た友星は俯く。

 ここを守ってほしい。ただそれだけの願いのために連れて来られた自分は、こうやって黙って被害報告に耳を傾けるしかないのか。

「せめて何か出来ないのか」

 今、友星は泰斗の屋敷で待機を命じられている。それは黒城が不意を突いて暗殺を仕掛けてくるのを防ぐためだ。泰斗の屋敷の中ならば、当然のように泰斗もいるし莉空もいる。結界もあるから、侵入されれば解るとのことだ。

 しかし、それではもどかしいだけだ。今、自分が半妖としての力を駆使してどうにかしなければならないのに。そう気持ちばかりが焦る。

「対処は必要だろう。お前が動き、敵の勢力を削るしかない。しかし、敵の本気の攻勢がが、まさかこれほど戦に近いとは思わなかったからな」

 横では晴明が、不味そうに茶を啜りながら言う。

 この事態はさすがの天才も想定していなかったらしい。街に総攻撃を仕掛けてくるような手段を執る男には見えなかったせいだ。もっとエレガントな手法を用いる。そういう印象を与えるだけの理知的な感じがしていた。

「黒城は、どうして」

「俺も考え方を転換する必要があるな。人間らしいが、奴は妖怪としての部分が強いのを忘れていた。奴は恨みの塊だ。理由は今やないに等しいだろう。ただひたすら破壊したいだけ。特に、この街のような平和を厭う。だから、総攻撃になったんだろう。

 お前が意外としっかりしていたというのも理由だろうな。そして一つを破壊し終えれば、次に狙うは現世だろうな。奴は破壊してもその内に陰の気を溜め込んでしまうだけだ。ここの妖怪たちの恨みを糧に動き続ける。となると、現世ではもっとでかい戦争を仕掛けるはずだ」

「っつ」

 それは絶対に止めなければならない。しかし、概念の通りに動く事しか出来ない妖怪とは違い、黒城は自分と同じ半妖のはず。それなのに、狐者異として、世の中に恐怖を巻き起こすことしかしないのか。それが恐ろしく怖い。

「そうだよ。奴には守るものがない。破壊できればよく、自分が消滅しても構わないんだ」

「そんなっ」

 驚き、そして半妖が妖怪になってしまうことを恐れる友星に、晴明はじっとその目を見つめた。

 迷いはないようだが、黒城がどういう奴なのか。掴み損ねているようだ。実際、晴明も読み切れていなかった。不安になるのは当然だろう。

「――黒城に会ってみるか」

「なっ」

「何を言い出すんですか?」

 晴明の提案に、驚いたのは友星だけではない。莉空も泰斗も頭がおかしくなったのかと疑うほどの発言だ。

 あちこちを休みなく破壊している黒城に会おうなんて、せっかくここで守っている意味がない。

「大丈夫だ。友星そのものを送るんじゃない。魂魄を送るんだよ。とはいえ、相手に気付かれると危険なのは実体を伴って行くのと変わらない。が、そこは俺の術だ。あんな若造には負けん」

「――」

 凄い自信に、友星はあんぐりと口を開けてしまう。そして、負けないんだったらあなたが戦ってはいかがですかと、そう思ってしまう。

 友星なんて街が破壊されているというのに、指を銜えて見ていることしか出来ない有様なのに。

「馬鹿か。俺は今や神の分類だ。下手に妖怪を助けられん。この世界に干渉することは、俺の定義をぶれさせることになるからな。俺は自らを半妖と認めるわけにはいかないんだ。というか、妖怪の血は一滴も入ってない。というわけで、神であり妖怪と関連のない俺は、一般的に半妖と思われているからここに出現できるが、それ以上のことはできないんだよ」

「そ、そうなんでしょうけど」

「それは現世だったとしても同じだ。現世において俺が手を出すということは、他の神も巻き込むことになる。そんなことになって今更神々の戦いを再現し、結局は総て破壊して終わりでしたでは、お笑い種にもならん。

 つまり、俺もまた概念に縛られているんだ。神である領域を出ることは出来ない。ある程度の手伝いは出来るが、直接的な動きは先ほども言ったように、戦争の引き金になるとして他の神によって阻まれる。神としては、俺はまだまだ新参者だからな。歴代の神々の意向には逆らえないよ」

「――」

 ああもう、どういつもこいつも概念なんだと、友星は頭を抱えて悶絶してしまう。

 だが、そういう状況だからこそ、概念の外にありながら妖怪である半妖が必要なわけか。

 それは解っているのだが、かつては人間だった晴明まであれこれ制約があるというのは困る。

「お願いします。まずは敵がどういう奴か、それだけでも知りたい」

 ええい、ままよ。

 他は概念に縛られて動けない。ここまで理解してしまったら自分が動くしかない。

 友星は晴明の術で黒城の顔を拝みに行くことを、了承したのだった。

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