第30話 覚悟を新たに
晴明に奢ってもらったうな丼をみんなで食べ終え、友星は再びあの現場となった河原へとやって来ていた。
せめて線香を上げたい。そう友星がお願いしたからだ。あの時はもう気持ちがぐちゃぐちゃで、祖父のことを思う時間がなかった。
河原に行くと、すでにそこは平穏を取り戻していた。死体のあった木の前には、誰かが置いていった花束が置かれているだけ。祖父の死体は、もうそこになかった。
「すでに死体は現世に送ってある。さすがに行方不明にするわけにもいかんし、供養してくれるのは、お前の祖母しかいないだろう。
それと、不審死扱いされると面倒だからな。悪いがかの人物が行きそうな場所で、自死として扱われるように偽装してある。お前も、そして祖母も自殺なんて信じられないと思うだろうが、これだけはしかたない。実際、縊鬼に操られて首を吊ったのだからな」
すでに死体が片付けられた木の前に立つ友星に、晴明は淡々と状況を説明した。
それに、再びじんわりと涙が出てくる。
そうだ、自殺したという事実は厳然と残ってしまうのだ。それが、何だか悲しい。真面目で頑固な祖父の最期には、ふさわしくなかった。
「――何かなら何まで、すみません」
ありがとうと言うのはおかしくて、友星は何とかその言葉を捻り出す。
「死後のことは大丈夫だ。泰山府君たる泰斗が責任を持つ。悪いようにはならない。すぐに転生となり、次にはよき人生が待っているだろう。そう願うのが、正しい供養だからな」
「はい」
そうやって会話をしていても、喪失感は埋まらない。でも、心は朝よりずいぶんと落ち着いた。そしてようやく、いなくなってしまったんだという事実だけを受け入れられる。
次の生を思う。それが普段のお葬式や仏壇での供養と違って不思議な感じがするか、そう考えればいいのかと思い直す。
「じいちゃん」
花束が置かれている横に、街で買った線香を供えた。それから静かに手を合せる。
次は静かで幸せな人生が待っているはずだから。そうお祈りする。
「それで、どうするんだ? この後」
ちょっと離れたところで二人の会話を聞いていた莉空が、不機嫌そうに訊ねる。
いや、それは不機嫌なのではなく、無理やりに友星の気持ちを理解しようと奮闘しているせいだ。死者を悼むという感覚を、妖怪が持っているはずがない。
しかし、友星が悲しんでいるから理解したいと思っている。それが手に取るように解るから、友星はふっと笑ってしまった。
「笑ってる場合か」
「いや。そうだな。この場所を、俺の居場所でもあるこの場所を、黒城から守らないと」
「お、おう」
にっこりと笑って宣言する友星は今まで以上に逞しくて、思わず莉空がたじろいでしまった。しかも晴明まで笑っている。
一体何がどうなればこういう反応に? 理解できない莉空は、これは天変地異の前触れかと戦いた。
「酷い奴だな。ま、黒城の思惑とは逆に、俺はここで生きる決心が出来たよ。俺はここで半妖として生きていく」
「そ、そうか」
「うん」
それまで、父親だというツクヨミを完全に受け入れられなかったのは、やはり普通であってほしいと願っていた祖父母のことが頭にあったからだ。しかし、今はそれがない。
無理やりになくなってしまったわけだけど、もう祖父母の顔を気にしなくていい。人間として生活する理由がない。後がなくなった分、覚悟は決まった。
「では、修行の続きといこう。莉空との連携が出来ることが解ったんだ。他の妖怪でも可能だろう。それに、妖怪としての覚悟が決まった今ならば、誰とでも出来るはずだ」
「はい」
晴明の言葉に、友星は力強く頷いていた。
「申し訳ございません」
「いや。お前のせいではないさ。が、これで対決は避けられないな」
深々と頭を下げるイツキに、かつては本尊があった場所に座す黒城はにやりと笑うのみ。
そのまま陰に落ちてくれれば楽だったが、そう簡単にはいかないらしい。これは面白い。歯応えのない甘ったれだとばかり思っていたのに、その中には一応は芯が通っているようだ。
「ようやく歯応えのある奴が来たんだ。泰斗を嬲るのにも飽きてきたことだし、十分に愉しむだけさ」
「はい」
黒城の言葉は理解できなかったものの、イツキは従順に頷く。彼女にとって、生きる意味は黒城しかない。その彼が愉しむというのならば、それでいいと思う。
「さて、こちらもようやく本格的に壊せるというものだ。やはり一方的では陰の気が育ちにくいからな。半妖という希望があった方が面白い。陽の気が高まる時は陰の気も高まる。希望は絶望を大きくする。陽の気を持つ安倍晴明を味方に付けようと、総ての陰を背負う俺には勝てない」
黒城は宣言するように言うと立ち上がった。
手始めにどこを狙うか。それを頭の中でシミュレーションする。どうやれば、妖怪どもを困惑させ、失意のうちに打ちのめせるか。そんなことを考えるだけで、黒城の中に溜まった負の感情が嬉しそうに暴れ出す。
「街を、呑気に人間と共存する妖怪どもを恐怖のどん底に突き落としてやる」
黒城はさも愉快とばかりに笑う。そうすると、身体の中に溜まった気もざわざわと騒ぎ出す。ああ、ついにこの気持ち悪いものを吐き出せるのだ。その先に待っているのがより濃い闇であろうと、愉悦の先に待っているのならば悪くない。
「来い。殺戮の時間だ」
イツキを笑顔で呼び、その小さな手を取る。唯一の同じ存在。彼女をさらなる闇へと誘うために。
「御意にございます」
そして二人は闇に紛れたのだった。
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