第14話 人間から妖怪になるのは難しい

 半分は妖怪の血で、妖怪として自覚を持てばそちらが目覚めるはず。

 そう誰もが考えているらしいが、友星はとても懐疑的だ。

 というか、どうして今まで一切妖怪だと思わなかったのか。

 いくら周囲が完璧に隠していたからってそういうことはあるのか、とてつもなく疑問だった。

「言い訳はいいよ。お前、自分の命が掛っていること、解ってんの?」

 往生際悪くうだうだと考える友星に、そんなことしていたら死ぬぞと莉空は宣う。

 まあ、そうなんですけど、ちょっと考えてほしい。

 自分が今、人間から妖怪へとシフトしようとしているのだ。言い訳じゃなく、山のように考えることがある。

「だって、ノーヒントじゃん。俺、人間だって思い込んでたってことになってるけど、人間だもん。どうすれば妖怪としての自覚が出るかっていうのは、どうして今まで無自覚だったのかを考えることで解決するはずだ」

「人間って面倒くせえな。なんでも理論立てて考えなきゃいけねえのか?」

「――」

 しかし、莉空は一緒に考えてくれることなく面倒とばっさり。それに、友星は項垂れるしかない。

 ただいま、朝食を終えた二人は、どうしたら妖怪の血が目覚めてちゃんと半妖として存在できるかについて悩み中だ。泰斗の家の立派な日本庭園を眺めつつ、真剣に首を捻るが以上の通り、何一つ進展していない。

 もちろん、妖術を使うための修行として風を起こすことをイメトレしているが、こちらも芳しくない。というより、そよ風一つ吹かないままだ。

 そもそも、風よ吹けと思っただけで吹くんだったら、今まで数多くの風を巻き起こせていたのではないか。

「こらこら。ちゃんと手伝ってあげてくださいよ」

 そこに、書類を抱えて通りかかった泰斗が苦笑して注意している。

 こちらはいつも忙しそうで、友星の相談に乗っている時間はなさそう。が、頼りになるはずの莉空は無理だなと溜め息だ。

「禅問答してるみてえだ。坊主を相手にしているみたいで頭が痛い」

「莉空は人間に近いはずなんですけどねえ。天狗ですし」

「いや。それはそうかもしれねえけど、じいさんばあさんならねえ、俺と感覚が似てるんだろうけど。この若者っていう世代はいつの世も理解しがたい」

 莉空は顎を擦って、俺ってまだ七百年しか生きていないからとの嘯く。

 それだけ生きていたら解りそうなものだろうに、どうしてだ。

「ううん。山にいた時代が長すぎたんでしょうか」

「だろうな。どうやったら山で生きていけるかってのは解るが、どうして半妖と気付かなかったかなんて解らない」

 莉空はそう切々と語るが、山で生きているかってピンポイント過ぎないかと思うのは友星だけか。天狗って山に特化した妖怪であるらしい。

「たしかに、友星君のこのゼロの状態は気になります。ツクヨミ殿は年齢と共に能力が上がって術が解けるはずということですが、それにしても、能力が一切出てこないのは不思議です」

「今まで無自覚だったら無理だと思いませんか? ツクヨミさんも言ってましたけど」

 泰斗が書類を抱えたままだが一緒に考えてくれるようなので、友星は訊く。すると、難しいですねえとこちらまで悩み込んでしまった。

「無自覚であっても、能力とは己の中に眠っているものですから、何らかのきっかけが与えられれば発露するはずですよ」

「動けばいいんだよ。考えずに妖怪だと思って行動しろよ。向こうはお前がすでに半妖として能力が使えるかどうかなんて関係なし。殺そうとしてるんだぞ。今朝のことを思い出せ」

 が、悠長に考え込もうとする二人に、現実的な危険が迫っているんだよと莉空は縁側を叩く。

 たしかにそのとおり。相手は枕元に立ち、こちらが死ぬように仕向けてきたのだ。

「あの縊鬼に操られると、自殺しちゃうんだよね」

「そうだぞ。あいつは江戸時代に山のように人間を自殺に追い込んでいるんだ。それもふと通りがかっただけで、ああ、首吊ろうって思わせられるんだぞ。容赦なしだぞ。解ってるのか?」

「うっ。凄い妖怪だな」

 そんな強力なのかと友星はドン引きだ。

 じゃあ、朝方、泰斗が駆けつけるのが遅かったら死んでいたかもしれないのか。あ、

 あの鴨居、首を吊るのに丁度いいねみたいな感じで。

 怖すぎる。

「あっ、そうだ」

「ん?」

「どうした?」

 急に閃いたと声を上げる泰斗に、二人は何か妙案かと期待する。

「半妖ではありませんが、人間だった妖怪に訊くというのはどうでしょう?」

「え? 人間だった妖怪? それって元人間?」

「なるほど。その手があったか」

 驚く友星を余所に、勝手に納得する莉空だ。訳が解らない。

 それって半妖とは違うのか。人間から妖怪に変化することってあるのか。

 というか、アリなのか。

「あの」

 どういうことと訊こうとすると、莉空は勝手に友星の手を取って大空に舞い上がった。

「ええっ!?」

「行ってくるわ」

「いってらっしゃい」

 で、総てを了解している二人はそれだけ。にこやかに挨拶を交わすのみ。いきなり連れ去ろうとする莉空の突飛な行動を咎めることさえない。

「ええっ。だからどうして?というか、どこへ?」

 という友星の情けない悲鳴は、朝の爽やかな空気にこだまするだけだった。

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