第15話 天狗の大親分

 怖い。威圧感半端ない。

 友星はそう縮こまっていた。

 またしても莉空によって勝手に連れてこられた先、泰斗やツクヨミの家と同じく大きな武家屋敷に住むその人を前に、友星は小さくなるより他ない。

「大親分。どうでしょう? かつて人間から天狗になられたんです。このひよっこが妖怪として自覚を持つには、何が必要ですか?」

 そして横にいる莉空は、泰斗と接する時よりも畏まってそう訊いている。おかしいな、泰斗はこの街を作った人で一番偉いはずなのにと、その疑問はもちろん口に出来ない。なんせ、目の前の方の威圧感はそれはもう半端ない。

 見た目は三十代男性なのだが、持っているオーラが違う。そしてさらに、莉空と同じく黒くて大きな翼。しかも服装はツクヨミと同じく狩衣姿。

 いや、もう色々と凄い。

「ふうむ。そうだなあ。俺の場合は恨みの念によって天狗になったから」

 で、その大親分と呼ばれている人は、顎を擦りながらそうだねえと言う。三十代とは思えない(もちろん見た目年齢に何の意味もないのだが)貫禄たっぷりだ。顔も、イケメンの部類に入るはずなのに渋みしか感じない。どことなく渡哲也を思い出すほどだ。

「こいつは恨みとは対極にあるような奴ですからねえ」

「だろうな。持っている空気が清らかだ。それにツクヨミの落とし胤。いくら死を司る神の性質があるとはいえ、あの男は明るさはあっても負のドロドロとした感情とは無縁だろう。つまり、そういう方面で自覚することはないってことだな」

「はあ。ますます厄介ですね」

 そう言って莉空は当てが外れたかとがっかりしている。

 が、友星はまだこの御仁が誰なのかさえ知らない状況。人間から天狗になって天狗の大親分をやっている人。一体誰なんだ。

「あの」

「おう。すまんな。君の手伝いをしてやらんと、とは思うんだが、なんせ俺は恨み辛みの塊みたいなもんでね」

「いえいえ。こちらが勝手に押しかけただけですから。あの、お名前をお伺いしても」

 あははと朗らかに笑う大親分は全く恨み辛みの塊とは思えない。

 しかも一体誰なのだろう。謎だ。

「ああ、そうか。まだ名乗っておらなんだ。しかもそちは妖怪に疎いのであったな。俺は崇徳院すとくいんだ」

「え?」

 すとくいん。なんか、どっかで聞いたことがあるぞ。確か日本史の教科書に載ってなかったか。

「平安末期、帝であったが色々と不都合があって島に流され、あれこれとあって恨みを募らせたことになってるんだよ。うん」

「いや、なってるって」

 ご本人ですよねと、友星は軽い目眩に襲われる。

 どうして、どうしてこう妖怪ってずれた感じのことばかり言うんだろう。

 そして説明するのがやっぱり苦手なご様子。

「いや、本人は無事に死んでるよ。まんま人間が妖怪になったわけじゃないんだ」

「そこに無事という単語が付くのを初めて聞きましたが」

 友星は思わずツッコミ。死ぬのが無事って、無事じゃない状態があるみたいだぞ。が、そんな友星のツッコミに対して崇徳院は朗らかに笑う。

「いや、これは重要だよ。世の中には怨霊イコール本人という考え方が蔓延しているがな。これは偽りだぞ。実際は恨んでいたらしいという事実と、皆が恐怖に思う気持ちがセットになることで出来上がるんだ。よいかな」

「は、はあ」

 まったく良くないですけどとは、友星は言えなかった。

 もう、脳みそが色んなことを理解することを拒否している。

 怨霊さえ普通に理解できないなんて、もう何を信じたらいいのか解らない。

「ということで、俺はそんな人間たちが恐れる気持ちから生まれたわけだね。まあ、当然ながら本物の崇徳院の記憶も持っている。なんせ俺は崇徳院をベースに生み出された存在だからな。だから人間から妖怪になった。それはある意味で事実だ。しかし、今言ったように、俺はみんなの恨みと恐怖から生まれたんだ。残念ながら半妖である君とは対極だな。清らかな感情から生まれたわけではない」

「対極、ですか」

「ああ。逆に敵の黒城と近いというべきだな。あちらは恨みの集合体だからなあ。恐れるという気持ちから生まれた俺に近しい。しかし、君はツクヨミとその奥方の愛の結晶。まさに陽の気の中にある存在だ。我々とは違う。が、だからこそ君にしか黒城は倒せないんだろうけどねえ。世の中は何事も陰と陽。その二つで成り立っているものだ」

 そう言って崇徳院は朗らかに笑う。

 その様子からは、本人が言う恨み辛みから生まれたようには見えなかった。

「大親分。こいつをどうやって鍛えればいいか。それだけでも考えてもらえませんか?」

 しかし、このままでは何の進展もないと莉空が食らいつく。

 もはや本人よりも莉空が必死だ。

 ま、誘拐してきた手前、責任のようなものは感じているのだろう。

「そうだな。この街に住む者として、俺に出来ることがあるならば協力するしかない。人間の記憶を持っているから、多少は思考過程も解る。出来る限り協力しよう」

 こうして、友星は日本三大怨霊の一人とされる崇徳院(後でウィキペディアで調べて知った)から指導を受けることになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る