第46話 射的が好きなんだよね

「全く以て小癪」

「――」

 河原にて祭りの準備が進んでいる。その報告を持ってきたイツキは、顔を伏せたまま黒城の怒りを受け止める。

 こんなにも怒りだけの感情を剥き出しにしているのは珍しい。だから、どうしていいのか解らなかった。

「なぜだ。あいつが、あの中途半端な甘やかされて育った半妖が現れただけで、奴らはこうも簡単にこちらの気に飲まれないんだ。いくら晴明がいるとはいえ、あまりに腹の立つ」

「――」

 黒城の言葉に対し、イツキは答える言葉を持っていない。

 人間の範疇でしか考えられないことは、妖怪には理解できないからだ。

 妖怪はただ性質に従うのみ。また、その場の気に従うのみ。他に出来ることはない。

 そう、あれだけ陰の気が街に充満していたら、妖怪の多くはそれに負けてしまう。ただただ飲まれてしまう。それなのに今、わいわいと祭りの準備をしているなんて、信じられないことだった。

「やはりあの場で殺しておくんだった」

「早急に殺しましょうか?」

「いや」

 しかし、黒城は怒りのまま出て行くなんて愚行はしなかった。

 まだ、彼の中にも人間としての理性が残っている。性質や概念のままに動くことはない。単純に祭りの準備を壊せばいいとは考えない。

「奴らが祭りだというのならば、俺がその場を血祭りに変えるまで」

「と、申しますと」

「あいつらを呼べ。好きなだけ喰っていいぞと、そう伝えよ」

「なるほど。了解しました」

 そうだ。自分たちにも味方はいる。人間を嫌うのは何も狐者異や縊鬼だけではない。そして、向こうの妖怪連中の中にも、無理に陽に合わせている奴らもいる。こちらが祭りの場を利用してひっくり返すのは可能なのだ。

「あの忌々しい半妖、そして手助けしている安倍晴明。あの二人は、必ず消す」

 そして、黒城の決意はより強固なものになるのだった。




「いやあ、凄いねえ」

「ホント。俺の住んでた近所でも盆踊りってあるけど、こんな規模のものは見たことがないよ」

 夜。祭りの一日目が始まり、友星はツクヨミと一緒に祭り見物をしていた。

 何かあれば晴明か泰斗が伝えてくれることになっているので、その間は楽しんでおけと言われている。どうやら、友星も気持ちを切り替える必要があると判断されたようだ。

 しかし、そのお供がツクヨミというのは、微妙な気分になる。出来れば、たとえ天狗であろうと、可愛らしい少女の莉空が良かった。そんな本音は純粋に楽しんでいるツクヨミには絶対に言えないものだ。

「現世の祭りは面白いよね。俺、あれが好きなんだよ。射的」

「意外」

 ツクヨミがこっちの連中はやってくれてないなとぼやくが、イケメンのツクヨミが銃を構えている姿を想像し、なんか変と思う友星だ。

 そういう好戦的な感じが似合わない。どちらかと言えばヨーヨー釣りをやっていそう。もしくは金魚すくい。そして女子をキャーキャー言わせていそう。

「あ、綿飴があった。買おう」

「ええっ」

 そしてツクヨミ、大きな綿菓子を発見して買おうとする。それは、似合いすぎると思うものの、友星は欲しくない。

「何でだ? 美味しいじゃん」

「いや、小さい頃ならばいざ知らず」

 それに、それほど甘いものは得意ではない。友星の言葉に、ツクヨミはそれでは駄目だと言ってくる。

「駄目って」

「お前には桂男の息子として、少しは女性を口説く技術を持ってもらいたいからな。甘い物は女子とセットだぞ」

「おいっ。月読命の性質の方が大事じゃねえのか」

「そっちはもちろん大事だ。しかし、桂男としても自覚があるからねえ。伝授したい」

 にこっと笑って、さっさと綿菓子を二つも購入してしまうツクヨミだ。まさか本当に食わせるつもりか。

「二個も要らないでしょ」

「馬鹿。一個は通りすがった女性に渡すんだ。そこからデートはスタートする」

「一人でやってください」

 友星は馬鹿馬鹿しいと一蹴。それにツクヨミは、いいじゃんデートと口を尖らせた。

 まったくもう、父親らしくないんだから。

「でも」

 こうやってわいわいやるのはいいなと、友星はにっこり笑っていた。

 ツクヨミを父として受け入れつつある今、実際は横に並んで歩くのは気恥ずかしい。でも、とても楽しかった。

 しかし、遠くの空に雷鳴を見つけ、あれっと首を捻ることになる。

「まさか」

「太鼓を鳴らせ!」

 と同時に、晴明の凛と通る声が響く。

 敵襲だ。

 雷鳴はどんどん近づいて来て、さらに真っ黒な雲が広がり始める。

「マジか」

 まさか一日目で来ちゃったの?

 友星は思わずムンクの叫びポーズで固まるのだった。

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