第10話 妖怪は性質に縛られる
「じゃ、出来るようにならないといけねえから、見てやってみろ。いわゆる見取り稽古だな。ううん、何かやってみせるか。とはいえ、さっき言ったように街を破壊するレベルのは駄目だからなあ」
「は、はあ」
莉空は天狗としての能力でどれを見せると真似できるか、それを真剣に考えているようだ。腕を組み、どうしようかなと悩む。
その間、羽がちょっと揺れているのが気になる。
やはりあれ、莉空の背中から生えているらしい。とすると、やはり背中は天使のようなことになっているのだろうか。
徐々に異世界という環境に慣れてきた友星は、そんなことが気になり始める。
今までさらっと流していたが、背中に羽が生えている人なんていないのだ。めちゃくちゃ気になる。
「やっぱ、風を起こすというのが基本だろうな」
「か、風」
それもまた自然現象の一つだけどと思うが、生活していて不自然な風というのは感じたことがある。
なるほど、あれは天狗の仕業だったのか。そう納得していると、莉空に呆れた目を向けられる。
「馬鹿。他の妖怪も使える基本的妖術だ」
「マジですか」
あれこれ様々な妖怪が風を起こしているのか。いやはや、現代社会で良かった。
江戸時代だったら風にさえビビりまくりだ。
今度はどの妖怪がやったんだ。そんな騒ぎを想像してしまう。
「風を起こすのに、俺たち天狗は扇を使ったりするんだけど、今回は手でやろう。その方がお前もイメージできるだろうし」
「う、うん」
一体何が起るのか。初めて妖術を見るとあって、期待値は自然と上がった。
莉空はすっと手を真上に上げたかと思うと、そのままさっと振り下ろす。
「うわっ」
たった、たったそれだけだ。
派手な呪文やアクションがあるわけじゃない。
それなのに、ざっと風が友星の横を駆け抜けていった。
いやはや、恐れ入る。
というか、妖術。そんな簡単に発動するのか。それにびっくりなのだが。
「という感じだ」
「いや、何一つ解りませんが」
風で乱れた髪を整えつつ、そこはもうちょっと教えろよとツッコんだ。今のを実践したところで、友星が風を起こせるとは思えなかった。コツを教えてほしい。
すると、莉空は生まれながらに出来るものを説明って難しいんだよなと、見取り稽古を提案しておいて酷い。
やってみろって、単純に見たまんまやれば何とかなると思っていたのか。
「おいっ」
「悪い悪い。まさかそこまでとは思ってなくてな。風を感じればお前の中のツクヨミの力が目覚めてさっと出来るのかと思ったのに。おっ。それよりも夕暮れだ。泰斗の屋敷に戻らねえと」
「あっ」
たしかに、あれこれとやっている間に空はいつの間にか赤く染まっていた。バタバタしていた一日が終わろうとしている。しかも、狐者異の話を聞いているせいか、その赤色は不気味だ。
「そう。あれも黒城のせいさ。奴の影響で空の色もおかしいんだ」
「マジで」
「ああ。お前たちの世界の言葉を使えば、ここは泰斗が作り上げた異空間みたいなもんだからな。現世と冥界の狭間のような場所なんだ。だから、空に干渉することも出来る。ここの総ては泰斗が中心で、生活している奴らの気持ちが反映されてしまうんだよ」
「なるほど」
つまり、ここは泰斗によって成り立っている空間というわけか。とすると、泰斗が倒されたら終わりということか。こちらのボスは泰斗。それは間違いないらしい。
「そのとおりだ。だから泰斗が直接、理解できない狐者異の半妖と関われないってのも問題でね。この街を司っているから追い出せれば楽なんだけど、それは泰斗の妖怪としての部分に反してしまうんだ。
ほら、人間ってのは頭がいいからあれこれ手段や罠を考えられるだろ? 工夫できる。ところが妖怪は、自らの性質に縛られてそういうのは無理なんだ。泰斗だと、冥府の役人という反面がある分、下手に半分人間である奴の寿命に干渉できなかったりね。
特に安倍晴明っていう奴が泰斗に寿命関係の特性を与えてしまったから、下手に人間の部分のある奴には関われない。関わってしまったことにより、黒城が泰斗の性質を利用し、ひょっとすると黒城の寿命を延ばしてしまうかもしれねえ」
「そんなことまで起こるのか」
本当に、本当に嫌なのだが、半妖でしか駄目な理由が見えてきた。
人間と同じ思考が出来て、それでいて妖術が使える人。それが重要になってくるというわけか。
相手が半妖であるせいで。
「そう。妖怪ってのは性質に縛られる。他のことは出来ないんだ。でも、人間は何だって出来る。半妖である奴、お前や黒城は、妖怪としての性質も持つ一方でやっぱり人間なんだ。行動の総てを性質で束縛されることはない。そして、妖怪の性質を利用できちゃう」
「ああ。敵が面倒ってそういうことなんだ」
ついに自分以外に倒せないという状況を理解するに至ってしまった友星は、しかし自分にこの世界が救えるのかと、泰斗の屋敷に戻りながら、空と同じく暗い彩りに心が染められるのだった。
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