第5話 妖怪街は時代村みたい
「はあ」
無理やり、無理やりに現状を理解するに至った友星だが、どうして自分がという思いは拭えない。
しかも、ここがどこだか解らない状態だ。ということで、自分が救う羽目になった世界を見て回ることになったのだが――
「溜め息吐くなよ。まあ、悪いとは思うけど、他にいねえし」
案内役が莉空だというのが、非常に腹が立つ。
何故だ。出来れば泰斗が良かった。
しかし、泰斗はあれこれと仕事があるとのことで、あの無意味な話し合いの後どこかに行ってしまった。
町の中はおおよそ太秦映画村のような、要するに江戸時代感満載の造りだった。連れ込まれた泰斗のいる屋敷が武家屋敷のようなもので、似たような大きな家の区画を抜けると、商家が立ち並ぶ一般の妖怪が棲むエリアだった。そこには色んな妖怪たちが、思い思いに商売をして生活している。
「江戸時代っぽいね」
だから、友星は見たまんまのことを口にした。
「妖怪にとっていい時代だったからな。自然とこうなったんだ。みんなが妖怪を信じて、脅かしたら妖怪の仕業だって解ってくれた時代だ。でも、江戸時代一辺倒だと不便だから電化製品はあるぜ」
「マジで」
妖怪にとって棲みやすかったのが江戸時代なのはいいとして、この映画村感満載の場所で電化製品。何だか不釣り合いだ。いや、明治時代だと思えばいいのか。
ううむ、この辺りも腑に落ちないところだ。
「おうよ。そこはほら、住みやすさ重視だから。やっぱり冷蔵庫はあった方がいいし」
「ああ。そういうことか」
確かに食料品の保存に冷蔵庫は必須だよなと、一人暮らし中の友星は納得。何はなくても冷蔵庫と電子レンジは必須だ。それがあれば、後はコンビニさえあれば何とかなる。
「そうだ。大学はどうすればいいんだ? 家は? 家族への連絡は?」
はっと、誘拐されてそのままだった事実に気付く。しかも当分の間は帰してもらえそうにない状況。その辺はどうなんだと訊くと、大丈夫だろうよと適当だ。
「おい。俺は普通に生活してんだ。半妖・・・・・・なのかもしれないけど、人間としての生活があるんだぞ。俺の人間としての生活はどうなる?」
「諦めろよ。どうせこの先、普通に生きていけるわけねえじゃん」
「――」
俺は人間だという訴えは、鼻で笑われて終わった。
普通に生きていけないだと。
それもまた、この日を境に受け入れなければならないのか。
嫌だ、嫌すぎる。だって平々凡々、普通にフラットに生きてきたというのに。
「あのさ。すでにここの空気を吸っている時点で、お前の中の血が目覚め始めているはずだ。浮世に帰ったらそれこそ霊感が目覚めた状態だぜ。覚醒状態ってやつだな」
「う、うれしくない」
幽霊を見たいなんて思ったことないのにと、思い切り友星は頭を抱えて悶絶する。すると、膝の辺りをツンツンと突っつかれた。
「何だよ」
莉空が余計なことをしているんだろうと思ったが、目の前にいたのは莉空ではなく小柄な少年。しかも手には何故か豆腐の載ったお盆を持っている。
なぜ豆腐。しかもその豆腐には紅葉が添えてあった。
「えっと」
「そいつは豆腐小僧だ。別に悪さをする奴じゃねえ。どうした?」
莉空が横から豆腐小僧に話し掛ける。
なるほど、豆腐を持っているから豆腐小僧。って、こいつも妖怪なのか。
「その人、お腹空いてるのかと思って」
ぷるんっと、豆腐が揺れて友星の目の前に突き出される。とはいえ、豆腐小僧はマジで小僧なので、お腹の辺りに豆腐がやって来ただけだが。
しかし、なぜ腹が減っていると断定され、豆腐で満たせという流れになるのか。謎だ。やっぱり妖怪って謎すぎる。
「ああ。腹は減ってねえぜ。そいつは泰斗にでも渡してやってくれ」
固まってしまった友星に代わり、莉空が豆腐小僧の頭を撫でてそう指示した。
「はあい」
すると豆腐小僧は素直にこくっと頷くと、そのまま豆腐の載っお盆を持ったまま歩き出す。豆腐がぷるぷると揺れているのが何とも言えない。が、足取りは確かだ。豆腐がこぼれ落ちるなんてこともない。
「あの妖怪は?」
「見ての通り、豆腐持ってるだけだ。ここに棲んでいるあいつは、何故か腹を減っていそうな奴に豆腐を配る習性がある。本来、豆腐小僧にそんな習性はないはずなんだけどな」
「へ、へえ」
悩んでいる姿が空腹に見えたというところか。
それにしても、豆腐小僧。変な妖怪だ。しかも豆腐を持っているだけの妖怪。何が怖いんだ。解らん。
「ま、町に住んでいる奴は気のいい妖怪ばかりだ。安心しろ」
「すでにお前が安心できないんですけど」
変なことは起らないぞと笑う莉空に、この状況に陥れたのはお前だと疲れてくる。
でも、確かに目の前に広がるのは、活気ある下町の風景だ。江戸時代っぽい場所に人間ではなく、妙な格好の妖怪ばかりだが、それでも生活をしているのは理解できた。
自分たちの横を、魚を売るための籠を下げた骸骨が通っていくというシュールさはあるけれども、みんな、ここでの生活を楽しんでいるのは解った。
「俺が、この町を守るのか?」
「そうだよ。あいつが、狐者異の半妖が現れるようになってから、みんな夜は出掛けなくなっちまってな。妖怪なのに。
「ううん」
とはいえ、今出て来た二つの妖怪がよく解っていないのだがと、友星は首を捻ることしか出来ないのだった。しかし、この活気のある街に、確実に敵が影を落としている。それだけは理解できていた。
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