第25話 ようやく理解できた
ツクヨミの屋敷の奥座敷にて、安倍晴明と向かい合うことになった友星はめちゃくちゃ緊張していた。
この世界でもスマホの電波が繋がる場所があると晴明に教えてもらい、そこで調べた彼のウィキペディア情報を読み、とんでもない人だということを理解したせいだ。
まさかそんな人が師匠になってくれるなんて。
そんなビビりが襲いかかってくる。そりゃあ妖怪立ちも平身低頭しちゃう。納得だ。
「あの、凄い陰陽師の方だったんですね」
「ああ。とはいえ、世の中に流布している話の多くが後付けだ。生きていた頃からああいう活躍ばかりをしていたのではない。陰陽師とは基本、今の世の中でいう理系集団だからな。総てを鵜呑みされると困るが、神格を得た今の俺は説話に出てくるようなことも出来るから、何とも言えないところだ」
「な、なるほど」
この人もこの人でややこしい状態なんだと、友星は驚きつつ頷く。が、相手が神様だというのは有り難い。
ツクヨミも神様だというが、あっちは父親ということもあってまだ距離感が掴めないし、頼りに出来るだろうが説明を請う事が出来ないのだ。なんせ、ツクヨミは妖怪でもある。
「それで、この街を狐者異の半妖から守ってほしい。泰斗たちの依頼自体は理解しているんだな」
「え、ええ。妖怪だと人間の恨みの感情が解らないからとか何とかで、半妖じゃないと困るんだとか」
合ってますかと、友星は伺うように晴明の顔を見る。すると、晴明は小さく頷いてくれた。
「そのとおりだ。彼らは人間の概念によって生まれ、その後好き勝手にやっている連中だ。つまり、人間が作り出した時の概念に縛られ、一方向しか物事を見ることが出来ない」
「一方向」
「そうだ。人間がこういうものだと規定した方向しか解らないということだな。例えばお前をここに連れてきた莉空。彼ら天狗は基本的に山の怪異全般を担っている。だから、考え方の中心にどうしても山が絡んでくるんだ。
それに基本は人間を驚かせて喜ぶ存在、もしくは怖がらせて人を除ける存在として認識されている。どちらも人間にとって必要なこととして認識しているんだ。だから、多くの妖怪は恨みや怒りといった負の方向の感情を理解しにくいんだな。
そういう負の感情を担う妖怪、例えば今回の敵である狐者異や縊鬼もいるが、非常に少数なんだよ」
「へえ」
ようやく、ようやく解りやすい説明と、友星はこくこくと頷く。
そうか、そういうことだったのかと、目から鱗が落ちる気分だ。
なんで妖怪って説明が苦手で、人間が理解できないと言っていたのか。ようやくすっきりとした。
「さて、そういう負の感情と縁遠い妖怪たちからすると、厄介なのは負の感情を元に生まれた妖怪たちだ。まさに対立概念だからな。理解できないというより意味が解らないに近いんだ。特に、人間の恐怖や自殺に関わる妖怪なんて、彼らにはさっぱりだろう」
「そういうことか。狐者異は怖いという感情で、ええっと『いつき』だっけ」
「そう。縊鬼だな。自殺という、その当事者にしか理解できないもの。今でもどうして自殺したのか、その理由を推察できないことがあるだろう。
その当人にしか解らず周囲が理解できない自殺。それは死ぬことを選ぶなんて何か妖怪が心の隙間に入ったに違いない。そう考えられ、その概念に当てはめられた妖怪だ。だから、縊鬼は心に隙があるとそこに入り込み、取り憑かれた人間は一気に自殺に追い込まれる」
「す、凄い妖怪ですね」
「ああ。そんな妖怪であるから、それが狐者異と組むというのは、ある意味では自然の流れだろう。怖いと思う感情。つまり恐怖が死へと掻き立てる気持ちを増加させるってことだな。
二人でやればあっさりと人間を死に追い込めるという算段だ。しかもどちらも負だ。つまりは陰。その対抗として陰の神であるツクヨミの息子というのは、若干の不安があるが」
「ふ、不安があるんですか?」
今まで誰も不安だというのは述べなかった。いや、それは妖怪だから仕方ないのかもしれないけれども、不安があるなんて聞いていない。
まあ、友星自身は常に不安に晒されているのだけれども、大陰陽師から不安だなんて言葉、聞きたくなかった。
「まあ、大丈夫だろう。それは妖怪としての属性の問題だと思えばいい。君自身からは陰の気は感じないし、陽に近しいと思う。それに神という性質を持っているからな。死を司るとはいえ、彼そのものが人間を死に導くわけではない。あくまで黄泉の国の王だからな。対抗は出来る。が、あまりツクヨミに引っ張られすぎても駄目だな」
「む、難しいんですね」
親父が現れたと思ったら、あんまり仲良くしてはいけない存在だということか。ややこしい。
というかツクヨミ、実際は黄泉の国の王だったのか。肩書きがどんどん厳つくなっていく。
「ツクヨミの属性を気にしなければならないのは、この事件が解決するまでの間だ。どうせ君は今後、半妖として生きていく。黒城に対抗するにはそれしかないからな。つまりは人間ではないものとして生きていくことになる。そうなれば、嫌でもツクヨミの能力を開花させるしかない」
「さ、最悪なんですけど」
つまり自分は最終的に月に住まうナンパ男になるしかないということか。嫌だ、嫌すぎる。
が、考えようによってはハーレムか。今までモテなかったというのにモテ期到来。
いやいや、でも、妖怪ポジションだし。下手に手を出したら妖怪のクオーターが出来てしまう。それはそれでややこしい。となると、プラマイゼロな感じか。
「まあ、桂男としての能力が開花するかは解らんけどな」
「で、ですよね」
「しかし、今まではまだ普通だったかもしれないが、すでに君はずいぶんと妖怪たちに馴染んでいる。戻ったところで人間の世界では弾かれるだけだ。この件が終わったら人間の世界に戻れるとは、考えない方がいい」
ぐさっと釘を刺され、友星はぐうと変な声を喉から漏らしてしまった。しかし、この晴明が冗談を言うようには見えない。
「――イジメ、みたいな感じでしょうか」
「そうだな。人というのはぼんやりしているようで、そういう差異には敏感だ。今でも霊感のある人はちょっと特殊という認識があるだろ?それと同じで、違う世界を知る者はすでに鬼なんだよ」
「お、鬼」
あの紅葉みたいな存在。自分が。友星は驚きを隠せなかった。
「そうだ。昔は違う意味もあったのだが、おおまかに言うとそういうことになる。母集団に属せない者。それがすなわち鬼なんだ。排除する対象ともいうべきかな。そして、不可思議な技を使うとされた現世で生きていた頃の俺もまた、似たような存在だった」
そこで晴明が寂しそうに笑うので、友星はとても苦労したんだろうなと瞬時に理解した。
そしてその苦労を友星がしないようにと、そう忠告してくれているのだ。だからこそ、この人に教えてもらおう。そう素直に思っていた。
「その、これからお願いします」
ぺこりと頭を下げる友星に、晴明はその素直さを気に入った。
「ああ。きっちりと鍛えてやろう。とにもかくにも黒城をどうにかしなければならない。となると、まずは妖怪たちを使役する術。俺が現世でやっていたと言われている技。そこからだな。人間の要素を多く残しているし、陰陽師っぽい技も使えるはずだ」
こうして、ようやく半妖としての修行が開始されることになるのだった。
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