第24話 大陰陽師が師匠に

 黒城の前から瞬時に友星の元へとやって来た晴明は、見事に反応に困って固まってしまった。

 というのも、友星は何故か妖怪たちに囲まれ、しげしげと見物されているところだったのだ。その中心で、当の友星は小さく縮こまっている。

 ツクヨミの屋敷の庭にて、そんな珍妙な光景が繰り広げられていては、さすがの大陰陽師でさえフリーズしようというもの。

「まあ、本当に愛らしい方ですこと」

「本当ね。今夜、忍び込もうかしら」

 と、区分的に女性になる妖怪たちが、友星とどうやったら親密になれるか作戦会議をしていたり

「なあ、莉空から聞いただが、お前さんと組めばあいつと戦えるんだって? ちょっと俺の技を見てくれよ」

「俺は力持ちだぜ。色々と役に立つと思うんだけど、どうだ?」

 と、区分的に男性になる妖怪たちは自分の能力を売り込んでいる。

 一体何がどうなれば、こういう光景が繰り広げられるに至るのか。さすがの天才陰陽師も理解できない。

「おや、珍しい。晴明じゃないか?」

 そんな集団を固まって眺める晴明に、ツクヨミはどうしたと声を掛けた。その相変わらずのチャラっとした笑顔に、晴明は盛大な溜め息。

「息子を街中に連れて行ったと聞いたが、とんでもない宣伝効果だったらしいな」

「そうなんだよ。ちょっと数人に息子だって言ったら一気に伝播してしまってね。まあ、能力を合わせることで他の妖怪も戦えるんじゃないかって泰斗が気付いて、それを莉空が触れ回ったというのもあるけど」

「――うむ。揃いも揃って困った奴らだということは解った」

「え?」

 肝心な部分が通じないツクヨミを放置し、晴明はスタスタと友星に近づいた。

 その友星は、唐突に現れた狩衣の美男子に、また新しい妖怪かと身を固くする。が、他の妖怪たちがさっと引くので驚いた。

 それはもう、将軍のおなりぐらいの勢いで捌ける。中には本当に平身低頭しているものまでいた。

「なっ、どうして?」

「分をわきまえているだけだ。柏木友星と言ったか。俺は安倍晴明」

「――は、はじめまして」

 高圧的な自己紹介に、友星はより縮こまってしまう。

 この人、何だかおっかない。いや、人じゃないのかと、訳が解らなくなっている。

 いや、安倍晴明ってどっかで聞いたことがあるぞ。しかし、それはどこだったか。

「その様子だと、妖怪以外の知識も少なそうだな」

「うっ。まあ、頭はあまりよくないですけど」

 ずばっと指摘され、友星は顔を赤くしてしまう。初めて、知識がないことを恥ずかしいと思った。この晴明にはそう思わされるだけの圧がある。

「まあいい。俺は平安時代に実在した人間だ。陰陽寮というところで陰陽師をやっていたといっても、解らんだろうな。ざっくり言うと、お前がさっき会った崇徳院と違い、俺は本当に人間だったんだよ」

「よ、よろしくお願いします」

 まさか、まさかこの世界に、すでにお亡くなりなっているとはいえ人間がいるとは。

 友星はそれだけで感動してしまう。やっと話が通じる人が来た。救いの神だという気分だ。怖いけど。

 しかし、陰陽師。また何だかややこしそうなワードが出てきた。

「その様子だと、かなり困っているようだな」

「ええもう。何が何だか。皆さんが妖怪のせいなのか、こう、説明してくれる人がいないんですよ。状況も無理やり理解している状態で」

「ふむ。解った。おい、ツクヨミ。静かに話せる場所を用意してくれ」

 なるほどねと、晴明は深々と溜め息を吐いてそう指示を出す。

 こちらが何も知らない半妖だという状態であることは知っていたが、かなりの差が開いていることになる。しかも、妖怪たちはあの泰斗でさえ説明下手。恐ろしく気の毒な状況にある。

 しかし、妖怪が説明できないのは仕方のないことだ。彼らは性質に縛られるという制約があるために、他の合わせて考えることが出来ない。今、庭で珍奇な状況に陥っているのも、まさに自分と友星という一対一しか考えられないせいだ。

 が、これではとても黒城に勝てるはずがない。妖怪にわらわらと囲まれているところを襲撃される恐れだってある。

 非常に、非常に嫌なことだが、自分が噛むしかない状況だ。

「あの、安倍さん」

 いきなり怖い顔をしている晴明に、友星はびくびくしてしまう。妖怪たちもめちゃくちゃ大人しくなってしまっている。いや、半分くらいは知らないうちに姿を消していた。

「晴明でいい」

 そんなびびりまくりの友星に、晴明は先が思いやられると溜め息だ。

 なるほど、泰斗も莉空の阿呆も困惑しているわけだと納得する。

 いくら何も知らずに育ったとはいえ、これはかなり問題がありそうだ。

「あ、あの、晴明さん。それで、ここにやって来たということは、助けてくれるんですか?」

 しかし、ちゃんとそう訊いてくるので見込みゼロということはなさそうだ。自分の圧に負けず、しかも教えを乞う姿勢は評価できる。

「仕方なかろう。他に人間に分類できる奴もいない。このままでは何も説明されず、負けるのが見えているからな。俺が、お前の師匠になってやる」

「!」

 ついに本物の救いの手がやって来た。それに友星は心からほっとし、完全に巻き込まれた晴明はどんよりとしてしまうのだった。

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