第23話 晴明、黒城と対話する
不穏な気配を察知して、黒城レイは顔を上げた。
ここはあの泰山府君が作り上げた王国の一番端。誰も訪れることのない、静寂で陰の気が溜まる場所だ。一応はそれを除けるために寺が建てられているが、あまり効果は無い。
そんな場所に、堂々と殴り込みを掛けるかのような、暴力なまでの陽の気を感じる。
「誰だ?」
「ほう。気配だけで解るか? なるほど、泰斗が手を焼くわけだ」
くくっと笑い、晴明は黒城の前に姿を現す。
別に見られても困ることはないのだ。ただ面倒だから、こっそり覗いて終わらせたかっただけ。
一方、何の気負いも無く現れたその姿に、黒城は顔の表情を一切動かさず、ただ晴明の一挙手一投足にのみ集中した。
何を考えてここまでやって来たのか。相手が相手だけに読めないせいだ。
「別に攻撃する予定はない。緊張するな」
そんな黒城に向けて、晴明はふんっと笑うのみ。そしてしげしげとアジトとして使っている寺を眺めた。随分と朽ちたものだなと、その変化には驚いた。
先ほども説明したように、ここは泰斗が妖怪たちの町を作るにあたって、結界として現世の間に築いた寺だ。しかし、長い年月が経つと共に、そこには現世からの多くの負の気配が集まるようになった。
おかげでここは荒廃し、結界としての意味を成さなくなっていた。今は別の場所に違う結界が築かれているが、いやはや、狐者異の半妖が使うには適した場所というわけか。
黒城はそんな寺を修理することもなく、暗闇の中で生活している。灯りさえない。まさに妖怪。どんな妖怪よりも妖怪として生きているかのようだ。
「何をしに来た?」
「別に。あれこれと騒がしいから、何をやっているのかとの確認だ」
「迷惑この上ないな」
そんな気楽にやって来られては困る。
黒城は晴明の読めない言動に困惑してしまった。おかげで攻撃する事も出来ない。
「そうか? ところで、何がしたいんだ?」
晴明は黒城の舌打ちなどものともせず、じっと見つめて問う。
その姿は紛う事なき人間のものだ。現世ならば人目を引く美形。
しかしそれは、異形の血を色濃く引くことを示すサインでもある。
晴明が異形の血を引くのではと疑われたのも、まさに同じ理由だ。
整った顔というのは、時に人に威圧感を与えてしまう。そして、人は他人と差のあるものを受け入れ難い。違うモノだと区分して排除したがる。だから鬼が発生し、妖怪が発生し、そして、こういう化け物を生み出すのだ。
「何がしたい? 決まってるだろ? 俺の中に渦巻くものを解放する。俺に背負わされた業を解放する。それだけだ」
そして、化け物としての自覚もある黒城は、にやりと笑って吐き出した。
心の中に勝手に渦巻く負の感情。生まれながらに背負わされた、人を恨む気持ち。この世を消し去りたい感情。それを今、解放する。それだけだ。
そうしなければ、自分というのもが保てない。もはやこの感情は、自らが成長するにつれて受けた様々な不幸により、押さえ込めないほど大きなものになっているのだ。
「なるほどな。しかし、それは主の中に新たな負を溜め込むだけだぞ」
「解ってる。この身が背負うものは生半可なものじゃない。俺は誰にも受けいられず、延々と負の気を溜め込み続ける。が、だからどうした。
そうと決まっているのならば、俺は破壊し続けるしかない。そう定められた存在だ。人間でもない、妖怪でもない。ただ、この世を恨むだけの存在だからな」
黒城はその宿命を嘆くでもなく、淡々と吐き出し続ける。
それで晴明は気付いた。この男は、すでに妖怪としての領域が大きくなっている。半妖といえども、ほぼ狐者異と同義だと考えるべきだ。妖怪としての性質が、当たり前に心の中に根付いてしまっている。
しかし、そうなってもやはり思考の仕方は人間のままであるらしい。それが、より黒城を苦しめているのだろう。そこまでは理解した。
「そうか。では、一度主の中の負の感情を吐き出すためにも、此度の戦は受けるより他はないというわけだな」
「ああ」
「ふうむ」
困ったなと顎を擦るより他はない。
戦い以外の解決法があるかと思ったが、それは皆無のようだ。狐者異として受け取った怖いという感情をどこかにぶつけさせる必要がある。
そうしなければ、話さえ通じない。妖怪としての領分が強すぎる。
「お前が俺を祓う気がないというのならば、あの甘ったれの半妖が敵のままってことだな。ならば、今から俺の敵となるあの半妖に会うならば、言づてを頼めるか」
そんな晴明に、黒城はにやりと笑う。それは凄絶と表現するに値する、作り物めいた笑顔だ。
「何だ?」
しかし、そんな笑顔で怖じけるほど晴明は弱くない。
いや、同じ事をやっていたからこそ、受け流せる。
「本当にあなたは面白くない。いや、一層のこと、俺と同じだったらよかったのに。では、伝言です。存分に苦しみ、この世を恨んで死ね。そう、俺と同じ笑顔でお伝えください」
「――」
にやっと笑って吐き出された呪詛は、おそらく晴明が口を開いて伝えなくても友星に伝わることだろう。それだけの強さを持っていた。そして黒城はたったこれだけの会話で、自分の中に巣くう闇まで見透かしてしまったのだ。
なるほど、怖いという言葉の語源になるだけはある。
これ以上はここにいれないな。
神という領域にいる晴明すら、そう判断するしかなかった。今の晴明は自らが人間に傾くことも、陰の気に傾くことも許されない立場だ。
「難しい戦いだ」
確かにこれは、半妖である者にしか解決できない。それだけは嫌なくらいに理解していた。
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