第20話 父子の絆

「あの、ただの息子自慢なら止めてもらえますか?」

「何を言う。それも目的の一つであるが、君に妖怪の理解を深めてもらうことが第一だ」

 梅と別れてから、二人はそんな言い合いになる。

 というか、それも目的の一つって認めたよ、この人。本気で街中に自慢しまくる気だったのか。

「いいか。君はまだまだ俺の息子としての自覚が足りない。妖怪の息子である。その自覚のなさが、半妖としての力を出せない原因だ。だから、こうしてみんなに息子だと知られることも、大事な要素なんだぞ」

「ま、まあ、そうなんでしょうけど」

 言っていることは正論だ。

 確かに友星はまだ、ツクヨミを父親として認められないでいる。否定できないことを感じ取りつつも、自分は純粋に人間だと信じたい心がなくならない。

 どれだけ妖怪を目にしようと、どこかで仲間じゃないと構えてしまう。

「それに、可愛い息子とようやく会えたんだぞ。自慢したい」

 そして息子自慢も必要なんだと力説してくる。

 おい、絶対にそっちが目的だろ。

 こうして触れ回られるというのは恥ずかしいという、こちらの気持ちも理解しろ。

「恥ずかしい? どうしてだ?」

「どうしてって、俺、もう二十歳なんですよ。息子が可愛いでしょって言われても、喜べないし、それに」

 現実世界、というか現世において、友星は引っ込み思案で大して友達のいない、大人しく目立たない子だったのだ。

 何でも無難に普通に、祖父母をがっかりさせないようにをモットーに生きてきたのだ。

 それが、こんな風に誰彼構わずに話し掛けて、さらにこの人の息子ですと知られる。これは、かなりの苦痛なのだ。

 市中引き回しの刑に遭っている気分だ。

「ううむ。人間とはやはり昔から難しい生き物だなあ。目立つのが恥ずかしいし苦痛か。そういえば、優子もそうだったな。遠慮深いというか、思慮深いというか。俺が考えられないほど深く色んな事を考えていた」

「っつ」

 さらに、母を親しげに下の名前で呼ぶことに、びくっと反応してしまう。

 もちろん祖父母も優子と呼んでいたが、それとは違う響きを持っていてびっくりしてしまうのだ。

 そう、そこに込められているのは愛情だ。本気で好きだと、それを表す声音だ。

 母を取られてしまう。そんな気持ちが、あのツクヨミが親しげに呼ぶ声でむくむくと湧き上がる。

 自分のアイデンティティに踏み込まれているような、そんな違和感に苛まれる。相手が父親だと解っていても、どうにももやもやして仕方がない。

 ああもう、ここに来て人生とは何なのかという悩みが増大していく気がする。

 いくら半妖だとしても、受け入れたくない気持ちが増えてしまう。この調子では敵に倒す前に殺されそうだ。

「ああ、もう」

 というか、どうしてこいつが父親なんだろう。それさえ否定できれば、この状況から逃れられるのではないか。

 いや、無理なんだろうけど。でも、どうして。

 俺の家族は祖父母だけじゃないのか。今更親だと言われても。

 思考がどんどん迷走していく。堂々巡りを繰り返す。

「母さんの、どこが好きだったんだよ?」

 が、口からは勝手にそんな質問が漏れていた。気持ちが捩れすぎて、最も訊きたかったことが声になってしまっていた。

 口を押えてやばっと思うも、出てしまったものは取り消せない。

「えっ? 総てだよ」

 そして臆面も無く、ツクヨミはそう答えてくる。

 それが、どういうわけか不満だ。自分の知らない母を、この人は独占していたんだ。それが、何だかムカつく。

 そうだ。否定されているような気になるのは、自分は知ることの出来なかった母、優子に関してツクヨミは色んなことを知っている。その事実のせいだ。

 嫉妬してしまう。だから、否定したくなる。

「友星。そして君は、優子にそっくりだな」

「――」

 しかし、続けて言われた言葉に、なぜか身体の力が抜けた。

 母に似ている。それは探しても会えない人の血が、ちゃんとここにあることを裏付けている気がした。

 今まで探しても得られなかった、確かに彼女が母であるという証。それを、一緒にいたツクヨミはいともたやすく見つけてしまう。

「俺に似ていないように見えるのは、まだ能力がゼロに近いせいだけど、優子に似ているのはよく解るよ。目元や鼻はそっくりだな。うん、髪質もそっくり」

 そしてツクヨミは、友星の複雑な心情に気付いているのかいないのか、髪に触れてそんなことまで付け足してくる。

 ああもう、自分がめっちゃ恥ずかしい奴に思えてきた。

 逃げたいとか、そういうのは言い訳で、ただ、この人を父だと認めるのが怖いだけなのだ。それに気付いた。

 だから、言いふらされるのが嫌だったんだ。まだ俺は、あんたを父とは認めてないのに、勝手に外堀を埋められているような気がしていたのだ。

 でも、もうそんな気持ちは消えていた。ツクヨミは、こんなノリが軽くて自分には似ていない人だけど、やっぱりお父さんなのだ。

「えっ?」

「おっ」

 それを認めた瞬間、身体からふわっと何かが消えた。そしてそれはツクヨミも気付いたようで、にっこりと笑っている。

「ようやく、親父と認めてくれたようだな」

「――」

「よかった」

 その心底ほっとした顔に、ツクヨミはここまでの二日間、友星が疑っていたことを知っていたのだと気付く。友星は顔が真っ赤になっていた。

「その」

「さっ、呪が完全に解けたようだし、戻ろうか」

 しかし、ツクヨミは友星を責めることはなく、にっこりと笑って手を差し出してきた。

 大きな手。小さい頃、友達が父親の手を取って歩いているのを見て憧れた。それが今、ようやく自分を迎え入れてくれている。

「はい」

 嬉しい気持ちが込み上げてきて、友星はしっかりとその手を握っていた。

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