第22話 大陰陽師の乱入

 莉空がお茶を入れてくると、安倍晴明はにこりともせずに受け取った。

 相変わらず、妖怪に対する反応が冷たいなと莉空は不満だが、言い合いになると面倒だから何も言わない。

「それで、久々にこちらに来てみればやけに騒がしいな。何をやってる?」

「何をって――まったく知らないんですか?」

「知らん。俺は今、神として扱われているからな。そっちで忙しいんだ。昨今では陰陽師ブームだの妖怪ブームだの、参拝者が後を絶たないんでね」

 さらっと表情を変えずに言う晴明に、そうですねと泰斗は苦笑。久々に、たぶん二百年振りくらいに会うというのにこれだ。その変化のなさに笑ってしまう。

 そして、現世の忙しさに忙殺されていたのならば仕方ないかと諦める。

「狐者異の半妖が成長して悪さをしているんです。そこで」

「対抗するために半妖を探し出したか。お前たちは人間の怖さを理解できないからな」

「ええ」

 さすがは頭脳明晰の人物。今は神であっても人間だった人物だ。話がすんなりと進む。

「で、その半妖が問題だと?」

「そうなんです。今まで、成人になるまで半妖だと知らずに生きてきたようで」

「ほう。ある意味で幸せだな。自分が特殊であることに気づかずに大人になれたのか。お前らが台無しにしなければ、そのまま人間として生を終えられただろうに」

「面目ない」

「ま、血には逆らえんさ。どれだけ隠しても、どれだけ気付かなくても、他との差は必ず現れるからな。全く気づかないまま寿命を全うすることはなかっただろう」

「ええ」

 自分のことがあるからか、晴明の言葉には少し同情の色があった。それを、彼との付き合いの長い泰斗は読み取れていた。

 泰斗が関わったことで、より他とは違うというレッテルを背負うことになった経緯がある。苦労したのは、泰斗だって解っている。しかし、他にもありそうな複雑な感情までは読み取れない。

「まあいい。で、半妖の自覚を持たせるためにあれこれやってる最中だが、敵は待ったなしで動き回っているというわけだな」

「ええ」

 どうしましょうと、泰斗は晴明を見る。

 過去、こうやって色々な問題を解決してきた人だ。平安時代の活躍は現代でも語り草になっている。何か打開策はないだろうかと期待するな、というのが無理な相談だ。

「丸投げしようとするな。正直、平安とは全く違うし、これは完全に妖怪の領分の話だからな。人間の領分でも神の領分でもない。俺が出来ることはないな」

「そんなあっさり」

 考える素振りもなく言った晴明に、莉空は反射的にツッコんでしまった。

「当然だろう。俺は妖怪扱いされることも半妖扱いされることもあったが、人間なんだよ」

「そうだけど」

 莉空の不満はあっさりと言いくるめられて、結局は何も言い返せずに終わってしまう。

 そう、安倍晴明はあれこれ言われているが人間だ。江戸時代に後付けで狐との半妖にされただけ。だから、目の前にいる神としての安倍晴明は半妖である自覚などこれっぽちも持っていない。

「相談に乗るくらいは、やってもらえませんか? 多分、色々と悩んでいると思うんです。この空間には純粋な人間がいませんからね。感覚の違いに戸惑っているようなんです。それに、ここに来て初めて、父親と会ったんですよ」

「――」

 泰斗の提案に、晴明は何も言わずに茶を啜る。

 親のことを言うのは反則だと怒られるかなと思ったが、それはなくて、ひとまずほっとする。黙っている時は取り敢えず全部話せという合図だ。

「彼は祖父母から、普通の人間であることを強く意識付けられているようなんです。それが色々と知識の吸収を阻み、妖怪についてほぼ知らない。いや、妖怪について知っては駄目だと、本能的に察知していたというべきでしょうか。今はツクヨミがくっついて親子であることを確認中のようですが」

「ならば、半妖としての自覚は出てくるだろう」

「そうですか」

「実の親っていうのは何よりも強いものだよ。それは人間だろうと妖怪だろうと関係ない。その絆を越えるものはないんだ。まあ、惑いがあっては勝負にならんだろうな。どれ、どちらも見てくるとしようか」

「え?」

 よっこらせと立ち上がる晴明を、泰斗と莉空は驚いた顔で見る。

 しかもどちらも見てくるだって。一体この御仁は何を言い出すのやら。

「何を呆けている。友星という男を助けるのは当然だが、もう一方の半妖の状態を知らずに戦うなんて、死にに行かせるようなもんだぞ。この戦いが半妖同士でしか成り立たないというのならば尚更だ」

「そ、そうですけど」

「まあ、任せておけ。概念で雁字搦めのお前たちは、自らが出来ることをやればいい」

 そう言って何事も無かったかのようにすっと消えてしまう。

「けっ。相変わらずキザな野郎だ」

「照れ隠しですよ」

 泰斗はそう莉空を諫め、動いてくれて助かったとほっとしていた。

 そして、あのお節介な性格は神になっても治っていないのだなと、ちょっと安心してしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る