第21話 唐突な闖入者

「あれ? 莉空。友星君と一緒だったのではないですか?」

 急に戻ってきた莉空に、泰斗はどうしたのかとビックリした。

 崇徳院のところからしばらくは戻らないだろうと思っていたので、余計に驚いてしまう。しかも友星の姿が見当たらない。これはどういうことか。

「そうだったんだけどよ。ツクヨミが親子水入らずの時間が必要だって、連れて行ってしまったんだ。おかげで俺は暇。大親分はいいことだと言って酒を飲み始めるし」

 解らねえんだよね、と、莉空はそのままぺたんと座った。

 せっかく友星をここに連れてきて自分も活躍できると思っていたのに、何だか取り上げられた気分だ。

 そう、友星とツクヨミのわだかまりが解消されつつある頃、莉空は泰斗のいる屋敷に戻っていた。泰斗は丁度部屋で書類整理をしていて、莉空は拙かったかなと邪魔にならない位置に座り直す。どうにも居場所がない。

「あちこちで、黒城の目撃情報や被害が報告されています」

 そんな莉空の困惑に気づき、泰斗は話題を問題の黒城へと変えた。すると、莉空の目つきが鋭くなる。

「増えているのか?」

「ええ。友星君がここに現れてから余計に」

「なるほど。向こうはさっさと敵に気づいた。そしてあの縊鬼を送り込んできたんだったな」

「ええ。どれくらいの敵なのかを測るために」

 泰斗はそう言って書類から目を上げると、難しい顔をした。

「どうした?」

「いえ。どうして黒城は、友星君の存在を察知できたのか、と思いましてね。いくら莉空が上空から連れてきたとはいえ、普段は隠れて暮らす彼が目撃できたでしょうか?」

「ううん。そこは人間にしか解らない部分じゃねえの。隠れているって言っても、俺たち妖怪が隠れるのとは違うんじゃないか。実際、この近辺でも目撃情報があるんだし」

「ええ。その可能性はあります」

 難しい敵を前に、泰斗は困惑の表情を見せる。それは莉空が泰斗に知り合って以来、初めての表情だった。

「そんなに難しいのか?」

 莉空は友星さえ連れて来ればなんとかなると、そう単純に発想していた。しかし、現実には友星は半妖としての自覚さえなく、さらにツクヨミを父と知らず、妖怪に対して知識がまるでなかった。

 ここからしても予想外だったのだが、黒城の動きも読めないままだ。いきなり襲撃してくるなど、驚かされる。

 そして何より、人間をよく知るはずの泰斗すら黒城の動きが読めない。悪意という一方向しか存在しないせいなのだが、おかげで複雑な問題だと頭を抱えるしかない。

「黒城は明らかに友星君に対して反応していると思います。被害が一気に増えたのは、取り込まれてしまった妖怪の数が増えたということですから」

「取り込まれただと? つまり、力を蓄えようとしているってことか」

「ええ」

 今でもかなりの強さだというのに、これ以上の妖力を身につけられるとどうなるのだろう。街は丸ごと黒城に吸い尽くされてしまうのではないか。そんな懸念も出てくる。

「それまでに、友星をなんとかしねえとなあ。まっ、友星がいれば俺たちでも戦えるんだろ?」

「ええ。我々は彼の感情を理解できないから対抗できないだけです。友星君はおそらく、読み取る事が出来る。そうすれば、対策を打つことができます」

「ふうん」

「でも、今のままでは殺されてしまいます。人間としてでは、狐者異と縊鬼に対抗できない。彼らの操る能力に負けてしまう」

「つけ込まれて、殺されるんだったな」

「そうです。確実に自殺へと追い込む。それが彼らの性質ですからね」

 そこで泰斗は大きく溜め息を吐き出した。

 何をするにも友星の妖怪としての血が必要となる。その状況がもどかしい。しかも、二十年もの間、普通の人間として生きてきた友星に自覚を促さなければならないのだ。それが、過去を思い出させて嫌だった。

「お前、あいつのことを考えているのか?」

「え、ええ。尤も、彼は正確には半妖ではないんですけど」

 泰斗は躊躇いがちに頷く。

 自分が目の前に現れてしまったせいで運命を狂わせてしまった人。その人の顔を思い出すと、いつも胸がちくっと痛む。

 妖怪として反する行動だったと。いつも後悔させられる。

「あっ、そうか。崇徳院の大親分じゃなくて、そっちに相談すれば良かったのかな」

「呼び出しには応じてくれないですよ。彼は今や神様なんですから」

「けっ。それは関係ないだろ。面倒なだけだろ。相変わらずだな。狐のくせに狸じじいめ」

「誰が狸だって」

 莉空の舌打ちに、後ろから急に不機嫌な声がしてびくっと莉空は震え上がった。

 まさかいたのか。振り向くと、不機嫌な狩衣姿の美男子が立っていた。その唐突な出現こそ、この男が神である証だ。

「おや、セイメイ」

 そんな美男子に、泰斗は困り顔のまま呼びかける。すると、男の眉が片方だけ器用に上がった。不機嫌な時の癖だ。

「やけに騒がしいと思ったら、半妖が見つかったってか? 何がどうなっている?」

「あの、協力してもらえると」

「話次第ではな」

 妖怪の話には干渉したくねえと、男はばっさりだ。

「――ヤバいな。友星、しばかれるぜ」

 莉空の小声に、唐突に現れた人、安倍晴明あべのせいめいは不機嫌に一瞥するだけだった。

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