第13話 存在するために必要な街

「マジかよ。縊鬼がここまで?」

 朝、朝食を食べにやって来た莉空が、泰斗からの報告に驚いた。驚きすぎて口の端から米粒が零れている。可愛い系女子にあるまじき絵面だ。

「ええ。私もまさかこんなにすぐにやって来るとは思っていませんでしたから、屋敷の結界はいつも通りだったんです」

「いやあ。そこは泰斗のせいじゃないよね。うん。結界って基本簡単に破れないものだし」

 落ち込む泰斗に、莉空はすかさずフォローする。そして、さっさと矛先を同じように朝食を食べる友星に向けた。

「おい。どうだった?」

「どうって。最悪の気分になるし怖いし寒いし、死ぬかと思った」

 友星は思い出しただけでも身震いしてしまう。だから、慌てて温かい味噌汁を飲んだ。

「へえ。やっぱり人間の血が入っていると、そういう反応になるんだ」

 しかし、莉空はその話に興味津々だ。

 それに、友星は妖怪たちは敵が理解できないのだという話を思い出す。しかも妖怪として目覚めてしまえば、自殺する可能性も消えるとか。

「ということは、莉空や泰斗さんがあの少女に会っても、そういう感情にはならないっていうこと?」

「もちろん。まあ、目障りなだなっていうか、不快だなっていう気分にはなるけど、寒さや怖さは感じない」

「へえ」

「友星君が感じた寒気は、要するに命の危機を感じてのものでしょう。自分の身に危険が迫っていると、本能的に感じ取れるからこそ起こる反応なんです。それは、我々のように基本的に死ぬことのないものには理解できない感情です」

 泰斗が解りやすく言い換えてくれて、友星も莉空も納得。なるほど、そういう差があるからこそ、反応にも違いが現れるわけか。

「妖怪って死なないんだ」

 で、基本的なことを初めて知ることになる。

 そうか、妖怪だもんな。何でもありだよな。妖怪に寿命があるなんて奇妙な話になるだろうし、莉空はこれでも七百年は生きているらしいし。

「ええ。基本的に、ですけど」

 しかし、泰斗は困ったような顔をした。ううむ、そうは問屋が卸さないってわけか。単純に不死ではないということか。

「そのとおりです。妖怪にも死に該当することがあるんです。それが消えてしまうということ。妖怪が消える原因としては、二つ考えられます。人間がその存在を忘れてしまうというのが一つ。これはその種族総てが一気に消えることになります。何も残らない。

 そしてもう一つ、個別の死に直面するのは相手に食われてしまう場合です。霊力として取り入れられてしまうというべきでしょうか。相手の力が自分よりも勝っている場合、その相手に力として取り込まれてしまうことがあるんです」

「へ、へえ」

 なるほど。安泰というわけではないのか。それにしても、人間が忘れると消えてしまう。これは不思議だった。

 だって、妖怪ってそれこそゲームのキャラクターのようなものだと思っている。

「何を言ってやがる。俺たちは人間がいると信じた、その想像力を糧に生まれたんだよ。人間から生み出されたものなんだ。だから、もうこんなものはいないんだって、ゲームや漫画ですら取り上げられなくなったら終わる」

 莉空は大丈夫かよと友星を冷たく見る。が、知らないものは知らないのだ。本当に妖怪って説明が苦手な存在だな。そう呆れてしまう。

「それはゲームや漫画でも大丈夫なのか?」

「まあね。取り敢えず認識されていれば、妖怪としてはやっていける。しかし、代わりに棲み家はなくなっちまうけどな。そこら辺に棲んでいられない。あくまで別個の存在って感じになるからなあ。

 それに定義が変更されることで、面倒なトラブルが発生しかねないんだ。だって、ゲームや漫画だとあり得ない能力があったり、人間の敵だったりペットだったりと色々あるだろ。でも、そんな共存の仕方が出来るわけじゃない。

 妖怪はあくまで妖怪で、人間の概念から生まれたけど、今はもう一緒には生きられないんだ。だから、この街がある。覚えてもらって存在できるけど定義が変わらないようにって、避難しているんだよ」

「なるほど」

 知られているけど、みんなが大好きだけど、それでも妖怪は現代社会では馴染めないし棲めない。ゲームや漫画のように大暴れしていいわけじゃない。

 かといって、江戸時代のように人間に驚かせたり一緒に暮らすのは無理。科学が発達して妖術だと認識されないせいだ。

 だから、こうして江戸の町と現代の技術が融合した場所に暮らしているのか。

「ええ。だからこそ、この街を消してしまい、妖怪の定義そのものを否定しようとする黒城を許すことはできませんし、また、この街に入れるわけにはいかないんです。ここは、いわば悪さをしない妖怪たちの最後の砦ですからね」

「ううむ」

 戦わなければならないのは当然なわけだ。自分たちが存在するために必要な場所を守る必要がある。

 しかし、縊鬼の件でも解るように、彼らには理解できない部分が存在しているわけだ。人間に干渉するタイプの妖怪は、それこそ人間にしか理解できないのだと。

 なるほど、黒城が縊鬼と一緒にいるはずだ。彼らは妖怪でありながら、必ず人間を必要とする存在でもある。妖怪として生きていくには人間社会がどうしても必要なのだ。

 だから、妖怪がこんな亜空間に固まって棲んでいることが容認できない。そんなことをしている奴らは、むしろ邪魔なのだろう。それは嫉妬なのかもしれないし、単純に憎いだけかもしれない。でも、相容れないのは理解できてきた。

「というわけですので、今日から頑張って妖怪としての部分の覚醒に努めてくださいね」

「う、うん」

 でもって、妖怪として、この町を救う勇者としての道のりは避けられないらしい。

 だって、友星は妖怪として目覚めたら、この街で生きていくしかないからだ。ツクヨミと同じ桂男。

「嫌だなあ」

 あんなチャラ男と一緒なんだ。そこだけは受け入れにくい部分だった。

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