第12話 枕元に美少女と思ったら敵!

 疲れていたからか、友星はぐっすりと眠った。

 知らない場所、知らない屋敷の慣れない布団。しかも周囲は妖怪だらけ。本来ならば絶対にぐっすり眠れないだろうに、それはもう泥のように眠っていた。

「むぐっ」

 しかし、明け方近くにふと目が覚めた。何やら悪寒というか、寒さを感じたのだ。

 寝苦しい。どうしてだろう、そううっすら目を開けると――

「え?」

 何やら美少女が自分の顔を覗き込んでいた。

 黒いつややかなおさげ髪に真っ黒な着物を纏った美少女。なぜ枕元に美少女がという疑問はさておき、この寒さは何なのだろう。

 じっと大きな瞳で見つめられる。ただそれだけなのに、体温がぐっと下がった気がする。勝手に身体が震え始める。

「よ、妖怪」

 そうだ。この子は見た目こそ美少女だが妖怪のはず。それが寒さの原因か。しかし、それだけではない感じがする。いうなれば、それは身体の芯から寒さを覚える何かだ。

 そこで気付く。これは生命の危険を感じて寒さを覚えているのだと。

 ただの美少女から発せられるただならぬ気配に、友星は本能的に怖じ気づいているのだ。何だか解らないが、死が迫っている。そんな緊迫感がある。

「お前は」

「お前なんかに負けない。黒城様を邪魔する者。殺す」

「――」

 完全なホラー展開! と、友星は叫びたいが声が出ない。ただがちがちと歯がかち合う音が響くだけだ。

 完全に気圧され、少女の発する気に負けてしまっている。いや、絶対に勝てないと、なぜかそう思ってしまう。目の前にいるのは、本当に可憐な美少女だというのに、巨大な何かに覆い被さられているかのようだ。

「破!!」

 そこに大声が響いたかと思うと、友星の身体はふわりと持ち上がって少女から離れた。くるんっと視界が回って高い位置で止まる。

「えっ」

 ようやく出た声と状況を確認するために必死に首を動かしてみると、なんと泰斗にお姫様抱っこされていた。どうやら先ほどの声は泰斗のものだったらしい。そして持ち上げて距離を取ったのも彼のようだ。

 しかし、どうしてお姫様抱っこ。もうちょっと違う感じで助けてほしかった。

「泰山府君」

縊鬼いつき。どうやってここに侵入したんです?」

 が、そんな友星を放置し、先ほどの美少女と泰山府君が睨み合う。

 やはりこの少女、敵なのだ。それもあの狐者異の半妖の手下。

 にしてもイツキって何だろう。

 というか部下が美少女って、ちょっと羨ましいんですけど。

 こっちは訳の解らない、美形の若旦那と言葉遣いの悪い少女だというのに。

「簡単。そいつの心は弱いもの」

 にこっと、美少女は綺麗な笑顔を浮かべた。だが、それは凄絶と呼べるもの。少女が浮かべるにはあまりに不釣り合いなもの。だから怖さしか感じない。

「ひっ」

 友星は短く悲鳴を上げてしまう。

 それに、泰斗は守るようにぎゅっと抱き締めてきた。

 ああ、出来れば反対が良かったなと思うも、敵が美少女で味方がイケメンである事実は覆らない。男に抱き締められて安心するって情けないけど、この状況下では致し方ないと納得するしかないのだ。

 だって、やっぱり敵は怖いし、あの美少女からは悪意しか感じない。

「さっさと去ね」

 泰斗はぎっと少女を睨め付けて冷たく言葉を発する。その泰斗の力強い腕と言葉に安心する。だから、友星はここは緊急避難だと泰斗にしがみついた。

 恥とか外聞とか、今この状況で気にする必要なんてない!

「ふん。言われなくても、去るわよ。今日はただの視察だから。本当は見るだけの予定だったわ。ああ、でも」

 そこでふっと視線が泰斗から友星に移る。

「――」

 友星はその目に囚われ、じっと見つめ返してしまった。そして再び身体が震え始める。

「そいつならばすぐに首を括ってくれそうね」

 にやっと、不気味に美少女は笑う。

 不気味な言葉に、友星は視線を外したいのに外せない。首を括る。その単語だけが、やけに生々しく刻まれる。

「禁!!」

 が、その思考に気付いたように泰斗が大きく叫んで友星の背中を叩く。ぐはっと、友星は唸った。が、それでようやく少女から視線を外すことが出来た。

 頭から、首を括るという単語も消え去る。が、身体の震えは去ってくれない。

 友星はもう、本能的に泰斗にしがみついていた。ごちゃごちゃ考える余裕さえなくなっている。

「ふん」

 少女はそんな友星の様子に面白くないと鼻を鳴らすと、ふっと朝靄の中に消えていった。

 それでようやく、友星は泰斗にしがみつくのを止める。ついでに床に下ろしてもらった。が、立ち上がれずに畳の上にへたり込む。

「い、今のは」

 目の前の出来事と少女の気配でまだ腰が抜けている。

 それでも、ここに来て一日目で起った生命の危機を感じる出来事に、何がどうなっているのか確認せずにはいられない。

「彼女は、縊鬼という妖怪です。首を吊る、つまり縊死と鬼が合体したもの。その妖怪の特性は、字のごとく人を惑わせ首吊り自殺をさせるというもの」

「う、うわあ」

 最悪の特性と、友星は抜けた声を出すことしか出来ない。が、ずっと生命の危機を感じた理由が理解できた。

 いやはや、それがあの狐者異の半妖と組んでいるって。最悪じゃないか。どちらも人間に嫌悪感を与えることを得意としている。

「ええ。そして、あなたには早く、妖怪としての部分に目覚めてもらわないといけないようですね。敵はあなたのことをすでに知っている。そして、人間のままでは飲まれてしまう」

 泰斗は縊鬼に対していたままの、厳しい顔のまま言う。このままでは、あの妖怪に唆され、自殺してしまうと。

「死ぬ」

 人間のままでいることは許されない。それだけで死ぬ可能性がある。

 そのあまりに最悪な状況に、友星はムンクの叫びのポーズのまま固まってしまうのだった。

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