第9話 まずは妖術を見物しろ

「え? それってつまり、成長したら消える、みたいな」

「そうそう。だって、どれだけ封じても元の力が大きいからね。だって俺の血を引いているんだし。普通は消えるんだけど」

 友星の確認に、ツクヨミはおかしいなと首を傾げている。

 いやいや、おかしいなってどういうことだよ。

「人間だと思い込んでいるせいってことはないですか? こいつ、今の今までツクヨミが親父って知らなかったんですよ。半妖だって事実に全く気付いていなかったんですよ」

 二人揃って首を傾げているので、莉空が助け船を出す。

 このまま能力が使えませんでは困るのだ。残念ながら半妖は友星しかいない。出来る限り協力する。

「ああ。それはあるかもしれないな。思い込みの力は意外と強い」

「そうなんですか?」

 思い込みも何も、人間であると思いたい友星は、自ら半妖だと認めなければならないらしい状況に顔を顰める。

 出来れば、出来ればこのまま人間がいい。妖怪になんてなりたくない。

「そうだよ。思い込むことで病気になっちゃう人間がいるだろ。あれと同じ。それに妖術は基本的にイメージ力だと思うといい」

「イメージ力」

 と言われても、友星にはまずイメージすべきものがない。

 そもそも、この父親だというツクヨミの能力すら知らないのだ。

「そうか。俺に関しても全く知らないのか。ちなみに君にある能力は俺と同じく女性を誘惑する力と」

「それ、要らないです」

 まず最初に上がったものに、見た目も平凡なのに何を言うと友星はツッコミ。

 するとその外見さえ変えられると、恐ろしいことを言われた。

「み、見た目も」

「そう。俺の見た目が今時の若い女性に受けるようになっているように、変化させることが出来るんだよ。それも一つの能力だな」

「はた迷惑な」

 そのせいで母はあんたと関係を持ったんだぞと、友星は呆れてしまう。

 が、ツクヨミはしれっとしたものだ。

 さすが妖怪。悪いことをしたという自覚はないらしい。

「その他にも、俺は月の化身でもあるからな。あれこれ使えるぞ。特に幻術は得意だ」

「幻術。それって女性を惑わす時にも使ってませんか?」

「それとは別。幻術ってのは夢を見させるようなものさ。他にも死を司り、確実に殺せるとか」

「――」

 絶対その能力のせいでこの役目が回ってきたなと、何だか勇者というよりラスボスのような能力にげんなりとしてしまう。

 しかも、それをイメージ力で開花させろと?

 むちゃくちゃだ。

 と、そこで友星がドン引きしていることに気付いたのか、ツクヨミは他にもあるとアピールしてくる。

 どうやら息子にいいところを見せたいようだ。

「海、水を操ることも可能だ。他に地殻変動なんかも」

「万能過ぎないですか?」

 それ、ツクヨミに備わっている能力だよなと、自分には無理なのではと思えてくる。すると息子なんだから出来ると、無意味に保証された。

「息子だからって」

「いいや。君は月の化身の息子だよ。出来て当然、むしろ出来ないなんて信じられない」

「いやいや」

「というか、え? 本当に解けてないの?」

「解けてません」

 べたっと座り込んでしまった友星に、ツクヨミはジョークじゃなかったのと驚いていた。

 どうして今までの流れで、妖怪としての自覚がなかったことがジョークになるのか。ノリの軽さもいい加減にしろよと思う。

「ううん。そいつは困ったね。ま、妖術なんてイメージ力だよ。何とかなるって」

「な、何とか」

 それで何とかなって堪るか。

 それが本音の友星だが、にこにこ笑顔のツクヨミを見ていたら、殴る気力も起こらない。

「旦那。ご子息は異様に妖怪を拒絶し、知識がゼロみたいなんですけど」

 さすがにこのままでは拙いと、莉空が助け船を出した。

 さすがは自称人間に近い妖怪。そういうフォローはできるらしい。

「そうだな。そこら辺の妖怪を見ていたらイメージできるようになるんじゃない?」

「そこら辺」

 また適当なと、友星はげんなりだ。

 だから、だから誰か、説明できる妖怪っていないのか。

 本当にこれ、手引き書なしにRPGゲームをやっているようなもので、何をどうすればいいのか。それが解らないままだ。

「じゃ、こいつを連れて、もう少し街の中を歩いてみます」

 莉空もこれ以上の説明をツクヨミに求めても無駄だと悟り、へたっている友星を抱えて、再び街の中心へとひとっ飛びしたのだった。




「ううん。イメージねえ」

 妖術はイメージ力。そうアドバイスをされても、そもそも妖術って何だという友星には難しい問題だ。

 妖術というからには、何か怪しい術なのだろう。それこそ、魔導師とかが使うような。

「まったく。どんだけ徹底して人間だと思い込んでいるんだ? お前も男子なら、小学生の時とか中学生の時に、俺が地球を守ってるみたいなこと思わなかったのかよ」

「思わん」

 なんで全員が中二病に罹ってると思ってるんだ、この天狗は。

 それはゲームの世界では思っても、現実の世界では一ミリも思わない。もちろん、漫画に影響されてカメハメ波が出ないかなって真似したこともない。

「マジか。最悪なくらいにガチガチの頭だな。まあ、傍に両親がいなかったからか」

「それは、関係ないよ」

 友星は何を言い出すんだと、ちょっとへこんだ。

 そういう男の子らしさがない原因が両親がいないせいってか。

 そりゃあ、両親がいないことで苦労したことはある。でも、祖父母はとても優しかった。

 だから、そんなことを理由にしたくない。

「いや、現実的な苦労じゃなくてな。妖怪に対する免疫の方」

「ああ。そっちか。たしかに祖父ちゃん祖母ちゃんが、俺があんな妖怪との子どもだって知っているなら、全力で隠すだろうねえ」

 意外と配慮できる天狗に驚きつつ、友星は莉空の意見に頷いた。

 祖父母が厳格に育てたのは当然、妖怪としてではなく人間として生きてほしかったからだ。

 そんなささやかな夢を、莉空があっさり砕いてくれたわけだけれども。

「たしかお前って大学生だよな。専門は?」

「え? 経済学部だけど」

「ああ。駄目だ。ますます望み薄じゃねえか。なんで文学部じゃねえんだよ。仕方ない。これはツクヨミの旦那が言うように、手っ取り早く、多くの妖怪の妖術を見てもらった方が良さそうだな」

「――」

 経済学部が望み薄って、現代社会ではあり得ないのになあと思いつつも、確かに妖術の助けにはなってくれない。

「莉空は。莉空は何が出来るわけ? 見たまんま、空を飛べるのは解ってるけど」

 最初に堕天使かと思った黒い大きな翼。それを使うのは三回も飛行させられた友星も解っている。が、他に何か出来るのだろうか。

「あのなあ。天狗は山の妖怪だぞ。あのツクヨミほどではないが、割と万能に何でも出来る」

「そ、そうなのか?」

「ああ。じゃ、軽くやってみるか。あまりでかい技は街を壊しかねないからな。それは却下で」

「そ、そんなに破壊力があるのか?」

 この美少女様はどうやって街を破壊するのか。それはちょっと気になる。

「はあ。口で説明するとだな。竜巻を起こしたり、あとは山が側にあれば土砂崩れを起こすとか」

「自然災害」

 まさかのやり方に、くらっとくる友星だ。まさか、現実世界の何割かの災害はこの天狗がもたらしているのか。

「アホか。今はやらねえよ。昔だ昔。というか、今はやれねえよ。そういうのは天狗の仕業ではなく、風や雨が起こすことって説明されているからな。今の人間が天狗の仕業って信じるのは、山での不思議な体験くらいだろ? 俺たちがどうして現実の世界じゃなくて、この泰斗の作った町で暮らしていると思ってんだ。行き場がないからだぞ。人間が正しく解釈してくれないと、俺たちは存在できないんだ。当然、起こした現象もなかったことになる。俺たちは消えてしまうんだよ」

「ご、ごめんなさい。そういうことだったのか」

 今まで何かとぼかされていた部分をぼんっと言われて、さすがの友星も小さくなる。

 そうか。彼らは本当にここしか居場所がないのだ。友星が祖父母しかいないのと同じ。だからここを必死に守ろうとしているのか。

 しかし、同情はするが倒せるのが半妖だけという条件は何とかならないのか。

「悪い。俺もその辺の事情はまだ説明していなかったな。っていうか、全部説明しなきゃならんのが面倒だ。ま、それは修行しながらでいいな」

「――」

 ああ、やっぱり妖術を使えるように修行するんだと、友星はげんなり。

 というか、本当に説明が出来る妖怪を募集したい。が、説明されても他にバトンタッチが許されないことは、徐々に、実感を伴って理解させられるのだった。

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