第28話 ここに残る理由
晴明に連れられて泰斗の屋敷へと戻り、友星は用意されたココアを飲んだ。
その甘くて温かい飲み物に、ようやく乱れた気持ちが落ち着く。それと同時に、失ったものの大きさが改めて実感された。
この調子では、突如として起った出来事を心が受け止めきれるまでには時間が掛りそうだ。
何より、死んだ祖父は戻ってこない。今、祖母はどうしているのだろう。急に友星がいなくなり、そして今度は祖父まで消えてしまった。きっと、心細いだろう。
でも、自分が祖母の元に向かうのは黒城たちの思惑どおりに動くことになり、余計に祖母を危機に晒すと晴明に諭されている。
祖母を守るためにはここに残るしかないのだ。今は、晴明を全面的に信じるしかなかった。
「まさか現世にいる方々に危害を加えるとは。申し訳ございません。私の浅薄ゆえに」
友星がココアを飲みきったところで、泰斗が深々と頭を下げた。
それに、友星は慌てて何かを言おうとしたが、言葉にはならなかった。そして、ぎゅっと唇を噛む。
今、友星は何も言えない。泰斗を非難したい気持ちと、そうではないと否定したい気持ちが合わさって、何も言えない。言葉として出てこなかった。
ただ、頭を下げ続ける泰斗をじっと見ることしか出来ない。
「まったくだ。貴様は寿命を司る妖怪だぞ。どうして察知できなかった?」
だが、そんな友星に代わって、横にいた晴明がずばっと訊いた。
それに、友星の方が驚いてしまう。そんなストレートに責めなくてもと、おろおろしてしまった。
「すみません。確かに私の本来の能力を使って、友星君の祖父母に関してはしっかり見張っておくべきでした。でも」
「狙うとは思わなかったか。まったく、妖怪らしい」
「――」
項垂れる泰斗に、晴明は深々と溜め息だ。どうやら本気で責任追及をするつもりはなかったらしい。それに、友星はどういうことですかと視線だけで問う。
「言っただろ?こいつらは概念が総てだ。複雑な思考は得意ではない。それはこんな街を作り上げた泰斗でさえ同じなんだよ。泰山府君としての仕事を行うことと、誰か特定の寿命を見張ることは結びつかないんだ。
人間そのものに興味があるわけではなく、死後の世界へと正しく導くことが仕事だしな。そして、戦うのは友星だという状況下で、まさか周囲が狙われるとは思わない。友星の動揺を誘うなんていう作戦は、思いも寄らないものなんだ。しかも、友星はこの街にいるからな。完全に問題は現世から切り離されていると、妖怪は考えてしまう」
「へえ」
そういうものなんだと、まだ項垂れている泰斗を見て、ちょっと同情してしまう。そりゃあ、半妖でせこい手もあっさりと打ってくる黒城に対抗できないわけだ。
黒城は黒城で、そういう人間らしい発想をすればダメージを確実に与えられることを知っていてやっている。非常に質が悪いしずる賢い。
そんな奴を相手に、今まで、泰斗はこうやって何度も無力感に苛まれてきたのだろう。守らなきゃと思うのに対抗できなくて、どれだけ悔しかっただろうか。
そう思うと、自分を誘拐したことに文句は言いにくい。守ってほしいと、そう切実に思う気持ちを批判は出来なかった。
「ともかく、現世にいる友星の祖母と関係者に関しては俺が見張る。ちょっとしたコネを使えば簡単だからな。そこは安心してもらいたい。友星、苦しいとは思うが、お前にはここにいてもらうしかないんだ。祖父との別れはこの場で済ませておけ。
お前が現世に戻れば、さらなる厄災が降りかかることになるからな。それに――今のお前が出て行けば、半妖として目覚めつつあるお前が出て行けば、確実に祖母はお前を責める。お前のせいだと、娘を妖怪に取られたことがある彼女ならば直感で理解してしまう。そして、鬼として排除するだろう。
守るために戻ったはずなのに、二度と来るなと言われてしまうことになる。だから、会わない方がいい」
「――」
ずばっと放たれた言葉に、友星は呆然としてしまう。そして、なぜ晴明があんなにも力尽くで自分を止めたのかを理解した。諭されたのは、単に今行けば感情のままに振る舞ってしまうから。それだけではなかったのだ。
黒城のせいなのに、妖怪のせいなのに、あのまま現世に戻っていれば、祖父の死は完全に友星が原因だということになっていた。
そして、そう非難されれば友星はあらゆることを恨むことになっていただろう。黒城だけでなく、この街に棲む妖怪を憎み、嫌っていただろう。黒城のようにこの街を破壊していたかもしれない。
「そうだ。そして黒城と似たような存在になっていただろうな。お前はまだ妖怪の部分が確立していない。容易に陰の妖怪に傾く。それに、ツクヨミは本来は月読命だ。死を司る神。その性質は疑いようもなく陰だ。となると、狐者異の半妖と本来ならば親和性が高いからな。尤も、ツクヨミには桂男の一面があるから、こうしてお前は陰の気を持たずにいられるんだが」
総ては今後のお前次第だと、晴明はじっと友星を見つめる。その目は、厳しくも優しかった。
現世で異質なものと扱われたことがあるからこそ、友星の立場を最も良く理解している。だからこうやってお節介を焼いてくれているのだ。
「解っています。今は、頑張って堪えます」
「よし」
友星の答えに、晴明は初めて褒めてくれたのだった。
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