第29話 ここが居場所だから
ゆっくりする方が逆に考え込んで辛いだろうと、晴明は友星を街に誘った。その提案に、色んな人と街を一緒に歩く羽目になるなと思いつつも、友星はそれに従った。
確かに屋敷の中にいると、あれこれ余計なことばかり考えてしまう。さらに、何かあった時のためにと、用心棒として莉空もくっついて来る。
「あいつが本気になったんだろ? ちゃんと連携技が使える俺がいた方がいい」
そんな莉空はむすっとした調子でそう言ってきたが、心配しているのはひしひしと伝わってくる。友星は頷き、晴明も溜め息を吐きつつ同行を許可していた。
「街には慣れたか?」
しばらく歩いてから、晴明がそう訊いてくる。
「い、いえ。江戸っぽいなとは思うんですけど、それ以上は」
どこがどこだか、似たような町並みが続くので、三回くらいの徘徊で把握できるはずもない。
しかも、その間に唐突に洋風な喫茶店が現れたり、今日歩いている辺りにはガス灯まであったりして、一見すると江戸だった町だが、明治と大正もがっつり混ざっている作りだったりする。あちこち、妖怪たちによってカスタマイズされている感じだ。
「そうだな。しかし、それは仕方ないんだ。妖怪が生まれた時代が違ったり、生態的に江戸より先の時代がいい奴もいる」
その指摘に答えたのは莉空だ。八割が江戸で、残り二割が明治と大正の街。それはやはり妖怪たちが住みやすさを追求した結果なのだ。
「鬼女どもは外側は日本家屋のままでも内装は洋風がいいと、憧れだけで作ってしまったし」
「ああ。ツクヨミと来た時に寄ったなあ。可愛らしい女の子ばかりかと思ったら鬼だって言われて、びっくりしちゃって」
友星が正直な感想を漏らすと、晴明がふっと笑った。
あ、この人も笑うんだと、初めて笑顔を見た気がして意外だった。いつもむすっとしているからだろう。
「鬼の本分だな。美女や可愛い女の子として現れ、男を油断させる。そして食らうのが、説話なんかに出てくる彼女たちの本分だ」
が、放たれた言葉は穏やかなものではなかった。というか、その事実を知らされても何の得もない。むしろ、二度とあそこに近づくかと思う。
「お前を襲うわけないだろ? お前は人間であるが妖怪でもある。それに、この街の連中はお前を受け入れているからな。危害を加えるようなことはない」
「そ、そうですか」
単純に珍しがられているだけでは。しかもツクヨミが息子だって宣伝しまくっているし。友星は晴明の言葉とはいえ半信半疑だ。
「受け入れているよ。泰斗が連れてきた半妖というだけで、多くの連中が興味を示すわけがないだろ? お前という、柏木友星が持つ雰囲気や空気に奴らは安心感を覚えているんだ。
言っただろ。お前は陽の気を持っている。だから協力してくれるんだよ。その莉空だって、誘拐役を買って出たのも、何かを感じ取ってのことだろうよ」
急に話題の矛先が自分に向き、莉空がびくっと羽を震わせた。
あ、そこは肩じゃないんだと、友星は新たな発見だ。天狗がびっくりするところというのも、なかなかお目にかかれるものではない。
「いいか。妖怪は雰囲気や気に敏感だ。当然のことだが、人の心の動き次第で彼らは活動出来るかどうかが決まるんだからな。心に余裕がないと、妖怪たちは人間に干渉できないし、思い出してもらえないんだ。
切羽詰まっている時に、この辺りに唐傘お化けが出ると言われても、冗談はよせで終わってしまうだろう。そうなると、唐傘お化けは登場できないままだ。だから、決定的に狐者異とは相容れない。
狐者異は総てを恐怖に塗り替えてしまう。他の妖怪が現れる余地のない怖さを人間に与えてしまう。つまり、奴はここに住まう多くの連中とは気配も雰囲気も、もちろん気も対極だ」
「お、同じ妖怪なのに、ですか?」
「人間でも同じだろ? 必ず性質の違いがあるんだよ。相容れないもの同士は一緒にいられない。必ず反発を招くものだ。万が一その場で共闘したとしても、それはたまたま、同じく嫌うものがいる場合だけだ。それが過ぎればまた、互いに排除し合うことになる」
「――」
晴明の言葉はいちいちご尤もと頷けるものだ。そして、重さが違った。
それは多分、この人もそういうことで苦労したのだと、それが滲むからだろう。晴明は活躍こそしていたが、排除される側だった。
まあ、現実にはその不可思議な噂を利用して上手く世渡りしていたわけだが、寂しさを感じなかったわけがない。
「俺は、こちら側を選ばなきゃいけないってことですね」
だから、友星はそう訊ねることが出来ていた。認めてくれる場所。仲間がいる場所。それを大事にしなさいと、晴明はずっと示してくれている。例えそれが今まで生きてきた場所を捨てることになっても、それが最も生きやすい場所だと言ってくれる。
「そうだ。お前は、人間には戻れないかもしれないが、ここに多くの仲間がいる。育ててもらった恩人を捨てることになるかもしれないが、ここで必要とされている。お前は、この街に必要な存在だ」
「――はい」
ともすれば後悔が襲いそうになる友星に、晴明はこうやって、厳しくも優しい言葉を掛けてくれる。
しかしそれは、妖怪としての運命を受け入れ、そしてここで生きる覚悟をしなければならない。でも、決して後悔はしない。それを友星もしっかりと理解した。
「お、空気が変わった」
それに、莉空が真っ先に反応する。妖怪としての気配が強まったのだ。それは友星も自覚するほど、はっきりと身体の中から何かが変化した。逞しくなったとも言えるだろうか。
「よし。もう大丈夫だな。この先で飯を食って帰ろう」
そんな友星に晴明は再び優しく微笑むと、近くにあった鰻屋に入ったのだった。
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