第19話 次に出会った妖怪は
「ああ、びっくりした」
鬼たちがやっている喫茶店を後にし、友星は深々と溜め息を吐き出した。
いくら妖怪しかいないとはいえ、鬼がわんさか集まってやってますなんて言われては、さすがに度肝を抜かれてしまう。
その後、コーヒーもケーキも美味しかったものの、来る店員さんが全員鬼なんだとビビり続けた。友星はもうくたくたになっている。
「お前は本当に妖怪に対して耐性がないなあ。やはり、街中をゆっくり散策することにしてよかったみたいだ。このままでは妖怪になるってことが嫌になってしまう」
「はあ」
そんなことを言われても、誰だって妖怪が当たり前のようにいる世界に耐性なんてないだろう。
というか、嫌ですよ。妖怪になるのは。出来れば人間として生きたいです。
しかもどうして鬼までという気分だ。妖怪の中でも鬼って別枠のような気がする。
「みんな普通にしているだろ。どうだ? 見た目が違うだけ」
「そ、そうですけど」
「妖怪は怖い奴もいるけど、大半は気のいい連中だぞ」
ツクヨミはちゃんと街中を見てみろというが、見ている分には別に普通なのだ。
ただ至近距離であったり、さっきのように限られた空間の中だったらびっくりするというだけで。
どうにもこうにも、頭の理解と現実の状況を整理するので一杯一杯で、いきなり出てこられると処理がバグる。
「それに、妖怪は人間が作り出したものだぞ。人間たちがイメージできなければ終わりなんだ。先ほどの鬼だって、人間が彼女たちを鬼として区分したから鬼として存在しているんだ。別に怖い存在じゃない。ただ人間が怖いと思った瞬間に分断してしまっただけなんだ。つまり、根源は人間の心だ。解るかい?」
「はあ」
と言われても、友星はこの町を歩いている妖怪の大半を知らない。こんなのが誰かがイメージしたものなのかと、驚くしかない。
唐傘お化けにしても一つ目小僧にして、昔の人はなぜそんなものを想像したのか。それさえ解らない。
ただ、知らないままではどうしようもない。それをツクヨミが伝えたいのは理解できた。
「あれは、何ですか?」
ということで、試しに通りがかった妖怪について訊ねてみる。その妖怪は人間の女性っぽく、そしておしゃれな姿だ。
自分の話題をしていると気づき、足を止めてこちらを見た。見た目も可愛らしい。自分と同い年くらいだろうか。
先ほどの鬼たちもそうだったが、妖怪の女子は可愛い子が多いのが困る。じっと見ては失礼ではと、そんな遠慮が出てしまう。
「ああ、その子はね。ちょっと梅さん、笑ってみて」
「はい」
しかし、梅と呼ばれたその妖怪がにたっと笑うと、その印象はがらりと変わった。歯が真っ黒で怖い。しかも目と鼻が消えた。
「ひっ」
「彼女はお歯黒べったりという。ま、ああやって声を掛けられると脅かす妖怪だな。日本には多いのっぺらぼうの一種さ」
「の、のっぺらぼう」
「そう。そしてその中でも珍しいおしゃれな女性なんだよね。ああ、もういいよ。普通の顔に戻ってくれて」
「はい」
頷くと、一瞬で可愛らしい顔に戻った。
妖怪、恐るべし。これがまさしく妖術なわけだ。
というかツクヨミ、さらっとこの女性の名前を呼び、さらっとお願いできるところが怖い。さすがは女性を口説く妖怪。
「のっぺらぼうは聞いたことがあるような。顔を消すって、ツクヨミさんも出来るんですか?」
「まさか。俺には必要の無い能力だからね。のっぺらぼうじゃ口説けないだろ。月の性質としても必要ないから、試そうとも思わないし」
「そ、そうですか」
何でも使えるというから、こういうのもやるのかと思ったと、友星は少し安心する。
自分ものっぺらぼうになれるなんて、そんなのは嫌だった。というか、マジで妖怪になる。
半妖は容認できても本物の妖怪は嫌だ。今、友星は確信を持ってそう言える。人間の部分は無くしたくない。
「しかし、必要ないと頭から決めるのは良くないか。イメージはしやすいから、やろうと思えば出来るはずだ。やってみるか」
「や、やらなくていいですよ」
ツクヨミが妙なことを企み始めるので、勘弁してくださいと友星は全力で拒否した。
まったく、本当にノリが軽くて困ってしまう。
あんたは美形キャラが売りなんだろうが。のっぺらぼうになってどうする。
「ははっ。でも、見目麗しい姿を取るというのは、この梅さんたちの能力の応用編みたいなもんだよ。容姿を変化させるわけだからね」
ツクヨミはそう言って、二人の会話を興味深そうに聞く梅に向けて笑う。きらっと、周囲に星が飛んでいそうな笑顔だ。
「ツクヨミ様は口がお上手ですこと。私の変化なんて、そんな上等なものではありませんわ。ただ、歯を強調するだけですもの」
「またまた。その歯だけの姿も素敵なんだから」
「ま、ツクヨミ様ったら。私なんて口説いてどうするんですか」
おほほと笑う梅はツクヨミに慣れている感じだ。
でもって、ツクヨミ。どさくさに紛れて口説いている。さすがは女性を口説くことが基本機能の妖怪だ。どんな相手でも口説かずにはいられないのか。
そして今までの一連の流れを何度かやってるな。
そんな呆れる友星に気づき、梅はにっこりと微笑む。
「それで、ツクヨミ様。そちらの可愛らしい殿方は?」
「ああ。俺の息子だ」
「まあ。素敵な坊っちゃまで」
「いやいや」
ツクヨミはまんざらでもない様子で笑う。
さっきから思っていたんだが、これ、ただのツクヨミの息子自慢じゃないか。
友星はそれに気づき、顔を真っ赤にしていたのだった。
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