第16話 半妖の特殊性
「さて、修行するといっても無計画にやっていては成果は上がらんだろう。友星は自分の父がどういう妖怪なのか、詳しく知っておるのか?」
崇徳院は場所を自宅横に併設された道場に移動させてから、そう問うてきた。それに友星はあまりと自信なく答えることしか出来ない。
「月の化身だと言ってましたけど」
「左様。江戸時代には桂男とされるツクヨミだが、本来は名乗っている名前の示すとおり、月読命という神様だ」
「はあ」
たしかに神様で妖怪だと、何度も出て来ている。
これがまあ、何一つ解らないままだ。どうして神様だった人が妖怪になるのやら。
「月読命は古事記や日本書紀にも出てくる神様だが、その実体はよく解っておらん。京都の
平安時代にその神像が揺れ、これは大変だと大騒ぎになったという記録まである。が、有名だったのは平安時代まで。その後は忘れられた神様になってしまったわけだ。
まあ、そんなふうに有名ではないということが、かの人物に妖怪としての部分を付加させる結果になったわけだな」
「え?」
どういうことですかと、ようやくあれこれ教えてくれる人が現れてありがたいのだが、まだ妖怪とはなんぞやという部分がしっかりしていない。
というかツクヨミ、平安時代までは凄い神様だったということか。そっちにビックリなんですけど。
「ふむ。すでに何度か聞いておるかもしれんが、妖怪とは人間が生み出した概念だ。それがいつしか一人歩きを始めたのが、ここの住人たちというわけだな」
「――」
そういえば、妖怪が死ぬ場合というところに出て来た話だ。
人間がいなければ妖怪はいない。つまり、人間が妖怪だと思い込んでしまえば、神様も妖怪になるということか。
「そうそう。俺が本当は崇徳院とは別物だとは理解されていないのと同様だな。崇徳院という男は和歌をたしなむ、心優しい男だったぞ。それが当時のあれこれも合わさって、日本を呪う大怨霊にして天狗だとなってしまったようにな」
「ううむ」
そういうものなのかと、人間が想像するだけで、これだけ色んな奴らが生み出されるのかと、そっちの方が怖くなる。
しかも、その想像の産物から自分が生まれただなんて。半妖というのはどうなっているんだ?
「だから、半妖という存在は少ないんだよ」
「え?」
「想像の産物でしかないのならば、人間と子をなすことは不可能だろ? ところが、神というのはよく子をなす。あちこちに神話として残っておるよな。鬼の場合もしかり。つまり、それほど人間に近しい存在しか無理なんだよ。半妖とはつまり、人間とそれに近しい存在の間に生まれるものなんだ」
「へえ。神様だから可能ねえ。あ、だから狐者異の半妖である黒城は特殊なのか」
なるほど、そこでツクヨミが神であることが重要になってくるのかと気付く。
が、彼は江戸時代には一度妖怪になった不思議な存在だから、自分は半妖だと。
ずっとレアだと言われているわけが解った。なかなかいないのだ。そんな妖怪。
しかも半妖という存在が例外であるにも関わらず、例外中の例外としているのが黒城なのだ。
彼を生み出したのはまさしく概念。正しい半妖というのは変な言葉だが、あっちの方が半妖らしいとも言えるだろう。
「そうそう。なかなか頭のいい男だ。教え甲斐がある」
「ど、どうも」
あまり褒められても嬉しくないけどと思いつつも、友星は頷いた。
だって、結局は自分が半妖であることを認める作業になっている。あと、黒城と戦える存在が他にいないことの確認。
実際には考えたくない内容だ。
「で、妖怪としての桂男は月に棲み、女性を誘惑する存在だ。月の神様がいつしか月に棲む不可思議な存在として認識されるようになったわけだな。ま、あの美形だからなあ。しかも月というのは今も昔も不可思議な存在とされている。
科学的にもあれの成り立ちはまだ証明されていないほど、人々を魅了するのだ。だから、女性が惹かれても致し方ないのかもな。そして目が合ってしまうのだろう。で、ツクヨミはこれ幸いと口説きまくっておったし」
「最後、不可思議な存在が軽薄男になってますけど」
「仕方なかろう。毎日美女に見つめられては、男として、口説くのが礼儀ではないか。俺だって同じ立場だったらお茶に誘うさ」
「――」
そうだろうかと友星は首を捻るが、目の前の人は平安末期の御仁。自分のような絶食系男子とは違うのだろう。
そう、友星はあんな父を持ちながら、女性への興味が薄い。というか怖い。免疫がない。一人っ子だし幼馴染みに女子がいなかった。さらには学校でも一人で過ごすことが多かったために、見事なまでに免疫がない。
「ということで、主が目指すべきは色男であるべきなのだが、今は関係ないな。総てが終わってから父上より手ほどきを受けてもらうとして」
「受けませんけどね」
なにさらっと俺に女を口説きまくるナンパ男に仕上げようとしてくれているんだ。
そんな訴えは、もちろん崇徳院に無視される。
女に免疫のない男なんて、彼の時代からしたら考えられないのだろう。ああ、先が思いやられる。
「何をがっくりしているんだ。今は黒城を倒す能力が必要なのだろう。口説きのスキルは要らん。月の神としての能力の開花を目指すぞ。よいな」
「当たり前ですよ。というか、そう言う意味でがっくりしたんじゃないですから」
お願いしますと、何だか修行が始まる前にどっぷり疲れてしまうのだった。
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