第41話 母の願いは大きくて
ツクヨミに関して詳しく知ったところで、友星は覚悟を決めてあのことを訊くことにした。
「その、ついでって言うのは変なんだけど」
「うん」
「母さんとは、どうやって・・・・・・」
「ああ」
お茶のお代わりを頼んで茶菓子を頬張りつつ訊く友星に、ツクヨミはその話かと苦笑した。
たしかにツクヨミの性質より聞き難い話だろう。あまり触れず、君のことはちゃんと息子として認識していると伝える。
それは泰斗がここに呼び寄せると言い出した時から覚悟していたが、改めて、その話をするとなると気まずさはある。
しかし、こうして自分を前にしてもリラックスしているのならば、何を話しても大丈夫だろう。
「その、母さんの記憶って、あんまりないんです。俺が小さい頃に死んだってのもあるけど、なんか、実感がなかったというか。ううん。何だろう。それも、半妖だからなのかな」
そんな心配をするツクヨミを余所に、友星は母親に関して悩みを打ち明けてくれた。それが、ツクヨミにはこの上なく嬉しい。
「それは関係ないよ。でも、母を恋しく思う思わなくていいほど、君は寂しい思いをしなかったわけだ」
「そう、ですね。祖父母が優しくしてくれたから、でしょうかね。あんな別れ方になっちゃったけど」
「――」
こういう時、どういう言葉を掛けるのが適切なのだろう。ツクヨミは困ってしまう。
人間としての感覚はないので、死をどう受け止めるのが正しいのかは理解できない。いなくなってしまった。それで終わりではないのが人間だ。それは解っているけど、その先の感情を汲み取れない。
「ごめん。どう反応すればいいのか解らなくて」
「ああ、それはいいんです。人間とは違う感覚ですもんね。解ってます。それに祖父のことは許せないけど、それは俺が決着を付けるべき問題ですし。そうだな。祖母はその、
「ふふっ。それは優子から聞いているのと一致するな。優子はよく、私と母の性格は対極なのだと言っていたよ。だからよく困るのだともね」
「そ、そうなんですか」
「ああ。一人で考え事をしたい。一人で何かやるのが好き。そういうタイプの女の子だったんだよ、優子は」
「ああ。じゃあ、真逆ですね」
友星は想像できないなあと苦笑する。
でも、月をずっと見ている人だったというのは、孤独を愛するがゆえだった訳か。別にロマンチストだったわけではないと。
ひょっとしたら、祖母のお節介に疲れていただけなのかもしれない。
「そうだな。彼女はまあまあ現実主義だったよ。別に月にロマンを求めていたというより、孤高の存在のように感じていたようだからね。だから、俺が目の前に降り立った時、目をまんまるにしていたのを覚えている。その顔も可愛くてねえ」
「へ、へえ」
急に惚気は挟まないでほしいなと、友星は僅かに顔を引き攣らせる。
ああ、これが両親の恋愛話を聞くとむず痒くなるというやつか。
今までは友達が言うのをへえっと思っていたが、なるほど、居心地はあまりよくない。特に不意打ちはきつかった。
「まあ、だから、俺の一目惚れなんだ。彼女は、別に月に恋していたわけではないんだ。その熱心に見つめる顔に、俺が勝手に好きになって」
「そう、だったんですね」
顔を赤くするあたりは、まるでそこらの男子と同じだ。まったく桂男らしくないし、口説き慣れているように見えない。
その姿に、本当に愛し合っていたんだなと安心してしまった。
しかも祖母の語る母と、ツクヨミの語る母はまるで別人のようだった。それがおかしくて、友星は笑っていた。そして、ツクヨミが語る母の姿が正しいのだろうと、素直に思えていた。
一人が大好きで、月を見て考え事をするのが好きだった人。そんな人の目の前に現れた、月に棲む妖怪。
ううむ、意外と面白い展開だったのか。急に目の前に現れたツクヨミに驚く様子が、目に浮かぶようだ。
「そうそう。初めは変態だの変人だのと散々だったな。ストーカーとか不審者扱いだったよ。でも、あれこれと必死に丁寧に説明して毎日のように訪れていたら、優子も好きになってくれて。子どもが出来たって聞いた時は、素直に嬉しかった。
でも、同時に俺は人間の世界で何らかの権利を持ってるわけじゃないってのがネックでね。父だと名乗り出たところで何か出来るわけじゃない。子どものためにもならない。今の時代、人間として生活する方が幸せなのは、俺だって理解していた。だから、しばらくは別れようとなったのさ」
「ああ」
ツクヨミは妖怪だから戸籍があるはずがない。書類上では父に該当する人がいない状態なのだ。
子どもが出来たことを純粋に喜べても、何かしてあげられない。だから、あれこれとややこしくなっていくのか。
「本音を言えば優子には生きたままここに来てもらって、親子三人で住むのが良かったんだけどさ。それは出来ないって、優子がきっぱりと言ったんだよね」
「――」
寂びそうな顔に、二人の間にあった葛藤を見た気がした。
本音ではずっと一緒に居たかったツクヨミ。それは優子だって同じだっただろう。でも、二人は友星のためにその決断をしなかった。それが、友星の胸をチクリと痛ませる。
「子どもの頃は子どもらしく生きてほしい。大人になってから、どちらに住むか決めればいいって言ったんだよ。何だっけ、二つの国籍を持っている人みたいに、子どもに決めさせるべきだってさ。だから、この街ではなく、同年代の子が一杯いる現世がいいってさ。そう言われると、俺は引き下がるしかないよね。それに、いつか来てくれるかもしれない。そう思うと、ワクワクもするし」
しかし、母が望んだのはもっと大きなものだった。
可能性を狭めたくない。
自分のせいで妖怪として意識しながら生きて欲しくない。
いつか受け止められるようになったら、自ら決めて欲しい。
そんな母の優しさに触れ、友星の目から勝手に涙がこぼれ落ちていたのだった。
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