第38話 覚悟が足りない
人生でこれほど食べたことはないというほど、友星は一気に用意されたご飯を平らげた。
お茶碗三杯山盛りのお米と、妖怪たちが用意してくれた数々のおかず。それを全部胃の中に流し込んでいた。
が、その様子に泰斗はにこにこ、晴明は難しい顔をしている。
「どうした? 大技も出来るようになったんだろ?」
そんな二人に、ツクヨミに呼ばれて友星を運ぶ係となった莉空が訊く。主要メンバーの中で一番下っ端なのは莉空だ。何かあれば呼び出される。
「大技が出来るのは喜ばしい。しかし、一撃で仕留められなかった場合、こいつは空腹で倒れて死ぬことになるぞ」
「ああ」
「そ、そうか」
納得する莉空と、そうかと驚く友星。それに、晴明は非常に怖い顔をする。
どうしてお前が気付いていないんだ。そう顔だけで怒ってくる。
「す、すみません」
ということで、友星は素直に謝っておいた。下手な反論はより怒られる。
しかし、何もかもが初めて体験すること。大技を使ったら空腹で動けないなんて、想定できるはずがない。そう、心の中だけで言い訳しておく。
「まったく。問題はどこが限界かということだな。イメージ力が上がったことで、友星がタッグを組める妖怪の数は格段に増えたようだ。しかし、本人の能力値にはまだまだ限界がある。それが空腹として現れたんだよ」
反省しているらしい友星の態度に、晴明は文句を飲み込んで冷静な指摘に止めた。
まだ、妖怪としての部分が中途半端なのだろう。おかげで今回のように限界を迎えてぱたっと倒れるという事態になってしまったのだ。
「そうですねえ。私の目から見ても、まだまだ友星君は人間の部類だと思いますし」
でもって、泰斗が横からそんな指摘をしてくる。
あれだけの技が使えたのにまだまだ人間。どういうことだと、晴明と泰斗の顔を交互に見るしかない。
「本人の前でこれを言うと怒られそうなんですけど」
泰斗はちらっと晴明を見て、この指摘をしてもいいのかなとお伺いを立てる。
どうやら泰斗は晴明に頭が上がらないらしい。一体何があったのか。気になるところだが、今は聞ける状況ではなかった。まずは自分のことを片付けるしかない。
「特例で認めよう」
「ありがとうございます」
そんな奇妙なやり取りを、事情を知らない友星と莉空は興味津々に見てしまう。
一体どんな指摘をすれば、この大陰陽師様を怒らせることになるのか。というか、一体何を遠慮しているのか。
「その、ですね。友星君の霊力がまだまだ素人に毛が生えたレベルといいますか、晴明が現役で陰陽師をしていた頃にも全然及ばないんです。晴明は、その、人間でありながら妖怪クラスだったというか」
「――」
た、確かにその言い方は怒られそう。
晴明ってやっぱり説話に出てくるような、おっかない陰陽師だったということか。
そして、自分は妖怪の血が混ざっているのにまだまだなんだ、と友星は二重に落ち込む。
「修行している期間が違うからな。霊力の差があるのは仕方ないのかもしれない。俺の場合は十代からみっちり修行してきたわけだし。しかし、お前の場合は半分は妖怪だ。完全に人間の俺より早く上達するはずなんだが」
「――」
晴明はそこで真剣な顔になった。そしてそれは、言うべきかどうしようか迷っている感じがする。
どうしたのだろうと、友星も莉空も首を傾げた。晴明が迷うというのは珍しい。
「はっきり言った方が今後のためだな。いいか、友星。お前には、人間を辞める覚悟が足りない」
「え?」
「お前はまだ、普通の人間でいたいとどこかで思ってるんだ。その気持ちが、上達を阻んでいる。黒城を見たことで、妖怪の血が勝ることが怖くなっているんだ。そしてそれが、人間でいたいという気持ちを強くし、妖怪としての能力を押さえ込んでいる」
「――」
晴明が言い難そうにした理由が解った。
自分が提案した結果が悪い方向に働いた。それが苦々しい。
そして何より、人間だったのに妖怪扱いされたことのある晴明からは、人間を辞めろというのは言い難いことだった。
「どうして、なんでしょう」
固まってしまった友星に代わり、泰斗が訊く。
「理由は簡単だ。さっきも言ったように、消極的なんだよ」
「――」
「ここにいる覚悟を固めることと、妖怪として生き続けることは意味合いが違う。黒城に会ったことで、妖怪になることの恐ろしさを知ってしまったんだ。人間でありながら別個の存在。人間という範疇には絶対に収まらない存在。それに自分もなってしまう。それが、怖くなった」
「――」
その指摘は恐ろしいほど図星だった。
そう、友星はあいつほど妖怪じみていないと、どっかで思っている。
あんな風になりたくないと、どこかで思っている。
性質だって違うし、友星は黒城みたいに恨みの塊じゃない。でも、修行して強くなれば近くなってしまうのでは。そう懸念する思いがある。
「もう後戻りは出来ないんだ。半妖として、妖怪たちの仲間として生きる覚悟をしっかりと持て」
悔しさを滲ませる友星に、これなら大丈夫だろうと、晴明はあえてきつい言葉を投げつけていた。
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