第44話 酔っ払い狸が一杯
街の様子は徐々に、しかし確実に変化していた。
「何だか、どんよりとしていますね」
晴明と莉空とともに街の見回りをしている友星は、思わず顔を顰めた。
いつもは活気に溢れて江戸時代の下町さながらだというのに、今日はどこか暗く陰鬱としている気がする。
「こら。お前までこの気に飲まれてどうする。いいか、陰の気はさらに陰の気を呼ぶ。暗い顔をしていると、お前も陰の気にやられるぞ」
「うっ」
晴明はそう活を入れてくるが、でも、無理じゃないかと思う友星だ。
雰囲気的に、葬式でみんながしんみりした顔をしているのと同じではないか。そんな中、へらへらと笑っていたら変な人だ。いくら妖怪になったとはいえ、世間体は気にする。
「世間体だと。そんなものどうでもいいだろうと説教したいところだが、まあいい。そうだな。その葬式は死に関する儀式だから、当然、陰だ。しかし、その後は精進落としをみんなで食べて盛り上がり、陽の気を呼び込む。ここからは生者のためですよ。そして死者はここからは入れないぞというのを示すためだな。つまり、葬式にもちゃんと切り替えの場が設けられている。ということで、お前は笑え」
「無茶を言わないでくださいよ。何もなしに笑えないです」
晴明の理論は解る。この場の空気を変えなければどうしようもない、ということだろう。でも、笑えと命じられる友星はとほほだ。
それに、やっぱり何もなしに笑っているのはおかしい。そんなことを悩んでいたら、首元をするんっと何かが撫でた。その感触にぞわぞわっとする。
「な、何がっ、ちょっ」
ぞわぞわとするものが首をなで続けるので、止めろと払おうとする。しかし、それでもしつこく追い掛けてくる。一体何だと見ると、首元を莉空が自分の羽の抜け落ちたもので友星を擽っていた。
「笑うかなあって」
「いや、それは無理。擽ったいけど、それは無理。むしろぞわっとするから」
莉空はちっという顔をするが、いやはや、やはり妖怪だ。何かが違うんだよな。
しかし、しんみりした空気は吹っ飛んでいた。自然と、心が軽くなる。
「意外と成功しているじゃないか」
「うっ」
晴明ににやっと笑われ、友星は穴があったら入りたい気分になる。
ああもう、どうして遊ばれなきゃいけないのか。
誘拐されて半妖と知らされ、あれこれ試練があった。その行き着く先が道化というのは止めてもらいたい。
「友星はどうにかなったけど、街の雰囲気は変わらないぜ。晴明。どうしたらいいんだ?」
どこもかしこもどんよりしていて、さらに曇り空なこの状況。気晴らしは難しく、また、概念である妖怪はあっさりと陰の気に飲まれてしまっている。
莉空は羽をくるくると回しながら、嫌な空気だと舌打ちする。可愛い女の子に似合わない仕草だ。
「そうだな。このままどんよりされていると、友星との連携もままならない。よし」
晴明は何か思いついたのか、足早にどこかに向かう。やっぱり、率先して動くのは晴明なのだ。それを、友星と莉空は解らないままに追い掛けるしかなかった。
「ほう。我々の力を貸して欲しいと」
「ええ」
で、やって来た場所にいたのは、狸だった。
そう、紛う事なき狸。しかも一杯。たくさん。そして大きい。
それに友星が圧倒されていると
「おめえさんが、半妖の旦那ですな。今後もよろしく」
と、横にいた狸に酒を勧められる。狸が徳利を持ってるなんて、まるで信楽焼の狸だ。実際、山の中で遭遇する狸よりも、ちょっと焼き物っぽい顔をしている。
「ええ、まあ、お願いします。あの、下戸なんでお酒は無理です」
お酒は断りつつ、ちゃんと答えておく。そのうち狸と連携することもあるかもしれない。
「下戸って、兄さんも妖怪の血が入ってるんだろ。飲めるようになんないと駄目だよ」
「はあ」
「ま、今日は勘弁してやるか」
よろしくなとばしばし背中を叩かれた。
この狸はすでに思い切り酔っているらしい。ノリが居酒屋にいるオジサンそっくりだ。
「天狗のお姉さん。この羽ってどうなってるんだ? というか、一枚くれ。変化する時に頭に乗せるから」
でもって、横にいる莉空も狸に絡まれていた。その狸ももちろん酔っ払っている。
「一枚なら手元にあるぜ」
そして莉空、さっきまで友星の首筋を擽っていた羽を快くあげている。
ううむ、奇妙な光景。
「おおい。うるせえぞ。宴会は後だ」
「へい。親分」
騒がしいとの注意に、狸たちは頭を下げると黙った。
そんな酒を飲む狸たちを束ねるのが、さっきから晴明とやり取りしている、ひときわ大きな狸だった。名を隠神刑部という。
友星は後から知ったのだが、この
「陰の気を晴らすには陽の気を呼び込むしかない。それには、変化の出来る動物たちの協力が必要不可欠です。特に、狸の皆さんはお祭り好きですからね。やるには適任かと」
「まあ、そうだな。今も街に漂う陰の気なんて無視して飲んでやがるし」
「え? 祭り?」
しかし、予想外の単語が聞こえてきて、友星も莉空も目を丸くするしかなかった。
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