第52話 忌み子の記憶

 真っ黒な世界だ。

 それが、友星の最初の感想だ。

 次にとても寒い。そう感じた。

「忌み子め」

「え?」

 聞き慣れない単語に、友星はびくっと反応する。しかし、それは自分に向けて掛けられたものではなかった。目の前にいる、幼い子どもに向けてだ。

「お前がここにいるだけで俺たちは不幸になるんだ。解ってるんだったら出て行け」

「そ、そんな」

 思わず友星が反論するも、もちろん誰にも聞こえない。目の前の子はぺこっと頭を下げると、何の反論もなく立ち去った。そしてこちらに向かってくる。

 その顔は、幼いものの黒城だ。その黒城の目は、子どものものとは思えないほど、どんよりと濁ってしまっている。ああいう心ない言葉を、すでに何度か投げつけられているのだ。

 これは黒城の記憶なのか。友星はびっくりする。

 たしか莉空にぶん投げられて、その後の記憶がない。ひょっとしてこれは夢なのか。そう思っていると、場面が一気に切り替わる。

「その顔を活かして稼ぐかい? それならば、置いてやるよ」

 次に出てきた場面では、そう囁く、明らかに裏社会の方の顔。いひひっと下卑た笑いで黒城の顔を検分している。

「そうですか。お願いします」

 そんな相手に対し、黒城は何の感情もない声で言う。置いてもらえるならばそれでいい。そんな調子しかない。

「おいおい。詳しく聞かなくていいのか? 後で泣き言を言っても遅いぜ」

 さすがに目の前の十二歳ほどの少年が何の感情もなく頷くので、どう見てもマフィアっぽい男の方がたじろいだ。

 悪い奴にも人情はあるものなのだろう。引き下がるならば今のうちだぞ。本音ではそう言いたいようだ。

「何をされても構いませんよ。俺、いるだけで周囲を不幸にするらしいですし」

「へえ」

「両親は知らないですしね。俺を保護した人の話だと、母親の死体に抱かれていたところを発見されたんだとか」

「ははっ。そいつはすげえね」

 えげつない話に慣れているはずの男すら、乾いた笑みを浮かべた。

 たぶん、想像以上に厄介だと気付いたのだろう。

「ですので、はっきり言ってください。売春だろうとスリをやってこいだろうと、殺しをしろだろうと、何を言われてもびっくりしませんよ。だって、すでに」

 全部やってますから。

 そこで黒城はにやりと笑った。

 今でも見せるその凄絶な笑顔を、まだ小学六年か中学一年くらいの少年が浮かべている。

 友星はぞっとしてしまった。ただのはったりではない。事実なのだと直感する。

「なるほどね」

 経験済みかと、男はどこかでほっとしたようだった。

 どうやらこの男、多額の金を掴まされて黒城の身を押しつけられたようだ。と、これは黒城の考察が友星の中に流れてくる。

 つまり金はすでに貰っていて、そうまでして厄介払いしたい黒城という少年をどうすべきか。ちょっと困っているということか。

「じゃあ、はっきり言っちまうぜ。やってもらうのはショタコンのおっさんどもの相手だ。どうだ?」

「解りました」

 黒城は笑みを浮かべたまま、さらっと頷いてしまう

 。一方、それを見せられている友星は怖気立つ。おっさんに好き勝手に触れるってことだろと、思わず身悶えた。

 そして場面は決定的なベッドシーンへ。無理っと、友星は目を瞑ってしまう。すると、場面は真っ黒になってしまった。しかし、毎日のようにそんな生活が続いたことを、無理やりに理解させられる。

 それは黒城の身体が大人になっても続いたらしい。というのも、音声だけは続いたからだ。ベッドの軋む音、黒城の口から漏れる声。さらには卑猥な音。それらが友星の耳に絶えず流れ込んできた。

「嫌だ」

 凄く嫌な記憶を、無理やり見せられることに耐えられない。それを、あの黒城が総て経験してきたのだというのが苦しい。

 黒城がどんどん負の感情を背負い込み、この世界を否定していく様がありありと追体験させられる。

「殺しも出来るってのはいいな」

 しかも、黒城は売春だけでなく殺しも請け負い、寝て油断している相手を殺すという役割を負わされるようになっていく。綺麗な見た目を使ってターゲットの懐に潜り込み、そのままベッドの中で殺害。そんなことを、高校生くらいになるとやるようになっていくのだ。

 これが、本当にあったことなのか。

 そう驚かされるが、総てはリアリティを持って友星の中に流れ込んでくる。

 黒城はそうやって人間の汚い部分を見て経験して、さらに陰の気を溜め込んでいったのだ。

 自分が狐者異と人間の半妖だと知ることのないまま。周囲だけが狐者異の発する気にやられて恐怖心を抱き、嫌悪していく。

 それがより、黒城を絶望へと叩き落とす。だが、あまりに溜め込んだ陰の気が、ついに黒城の妖怪部分を開花させる。

「――」

 その先は惨劇だった。

 今までも十分に最悪だったが、黒城は自分を利用した総ての人間を妖怪としての本性を使って殺害した。相手を恐怖のどん底に叩き落とし、絶望のままに奪うことろ繰り返した。総てを否定してみせたのだ。

 残ったのは半妖としての黒城。抑えの利かない、この世界を恨む塊と成り果てていた。

「人間を、妖怪を、総て根絶やしにしてやる」

 あまりに当然のように生まれる復讐の心。

 それに、友星は反論する術を持っていなかった。

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