第18話 鬼の喫茶店

 やはり、昼間に妖怪がうろうろしているというのは斬新だと思う。

 昨日までは色々といっぱいいっぱいで思わなかったが、妖怪って闇夜にこっそりいるものではないか。そう思う。

 だって、お化け屋敷は真っ暗だし。

 ツクヨミと街中を歩きながら、江戸情緒ある町並みに妖怪がわんさかいて、しかも元気に商売をしていたり話し込んでいたり、中には将棋をやっていたりするのを見て、妖怪の知識が無い友星でも違和感しかないと思う。

「まあ、そうだな。妖怪が活動するのは基本的に夜だ。とはいえ、昼間に活動している妖怪もいたぞ。狐や狢というのは人を化かす存在だったからな。まあ、そんなことは差し引いても、ここには人間がいない。脅かす対象がいないから、こうやってみんな好きな時間に活動しているのさ。それに」

「ん?」

 ツクヨミに促されて見た先では、妖怪たちが妖怪を扱った小説や漫画に夢中になっていた。やいやいがやがやと議論しながら、自分たちが活躍する様を堪能している。

「ああやって、今は人間たちが勝手に話として作ってくれるから、自分たちから脅かしに行かなくていいんだよ。で、ちゃんと認識されていることを妖怪たちも確認できれば安心し、普通に暮らせるというわけさ」

「へえ」

 友星はそういうものなんだと驚いてしまう。

 そうか、自分たちでやる必要が無いのか。漫画家やクリエーターに任せておけば万事オッケーってわけだ。

 って、それって妖怪の本分はどうなるのかとも思うけど。

「ちょっとお茶でもしよう」

「そうやって女の子を誘っているんですね」

「そうだねえ。今日は息子と楽しくお茶。いい」

「――」

 ツッコむだけ無駄なのかと、未だにこのツクヨミのノリには慣れない。

 が、そろそろ休憩したかったのは事実なので、手近な場所にあった喫茶店へと入ることになった。

「さて、ここにいるみんなが妖怪なわけだが、友星は知っている奴はいるかな?」

 街の中心地、江戸時代の中に突如として明治な洋風喫茶店があることに驚くが、そこに入ってコーヒーを頼むと、ツクヨミは本題と訊ねる。

「え、そうだな」

 赤絨毯に西洋風の内装の喫茶店に緊張しつつ、窓から妖怪たちを見る。知っている妖怪か。どうだろう。

「あっ。唐傘お化けは知ってますよ」

「ほう。あれだな」

 ぴょんぴょんと飛んでいく一本足の傘の妖怪。さすがにこれはメジャーだから知っていた。

 他にも昨日も会った豆腐小僧も解る。今日も今日とてぷるんっと震えるプリンのような豆腐を持っていた。

「あれ、なめらかで美味しかったな」

「ああ。豆腐小僧は有名な豆腐屋の小僧でもあるからな。そこの豆腐を宣伝代わりに持ってるんだ」

「へ、へえ」

 自分の特性を活かした商売ってことだろうか。確かにああやって持って移動するわけだから、宣伝に使わない手はないだろう。妖怪の商売というのもなかなか奥が深い。

「コーヒーをお持ちしました」

「ああ。ありがとう。そうだ。このお嬢さんがどんな妖怪か、解るかな?」

 注文したコーヒーを運んできた妖怪を捕まえ、ツクヨミは友星に訊く。

 しかし、その妖怪は人間に化けているのか、どこからどう見てもメイドコスをした女の子だった。

 しかもなかなか可愛い。にこっと笑った顔なんて、どこぞのアイドルのようだった。

「わ、解りません」

 ちょっと顔が赤くなるのを自覚しつつ、正直に言う。

 ああ、やっぱり異性の前でポンコツっぷりを発揮するのは恥ずかしいものだ。奥手で今まで恋愛経験がないだけに、余計に恥ずかしい。

「あら、可愛いこと。ツクヨミ様、こちらは?」

 メイド女子はくすくすと笑ってツクヨミに訊く。

 可愛いって男子にとっては悲しい言葉。やっぱりカッコイイがいいなと、店員の女の子と親しげに話すツクヨミが羨ましくなる。

「そうだろ? 可愛らしくていい子なんだ。柏木友星といってね。俺の息子だ」

「まあ。そうなの。じゃあ、今は可愛い系だけど、そのうちイケメンになるわね」

「そうだな。楽しみにしていてくれ、紅葉もみじ

「もみじ?」

 どうやらそれが彼女の名前のようだ。紅葉というとあの山村紅葉を思い出して、目の前の人とは違うなあと、別の感想が浮かび上がる。

「そう。彼女は鬼女の紅葉だ。戸隠村とがくしむらというところにいた鬼だよ」

「おおおお、鬼っ」

 あまりに予想してなかった単語に、見事に動揺まで口から出てしまう。可愛い顔に欺されては駄目だった。そうだ、ここは妖怪しかいないんだった。しかし鬼。いきなり強敵。って、自分でも何をどう対処すればいいのか解らなくなってくる。

「そうなのよ。って、友星君。驚きすぎよ。大丈夫、取って食べたりしないわ。それに私、鬼とはいってもちょっと特殊だし」

「と、特殊」

「うん。戸隠村というところに住んでいたんだけどね。村のみんなのお世話をしていたのよ。人が知らないような薬草を手に入れたり、他にも生活の知恵を授けたりしてたわけ。でも、それが朝廷からすると気に食わなかったみたい。鬼だとされて、退治されちゃったのよね。まあ、でも、鬼だから、こうやって復活してここにいるんだけど」

「ふ、複雑」

 鬼さえ一筋縄ではいかないのか。友星はもう目を剥くことしか出来ない。

「ここはそういう複雑な事情を抱えている鬼たちでやってる喫茶店なのよ。みんな、普通の女子として生きたかった子ばかりだから、可愛い喫茶店を作ろうってなってやってるの。どの子も人が大好きで、お世話するのも大好きなのよ。

 本当は現世にあるようなメイドカフェにしたかったんだけど、ここの妖怪相手じゃねえってなって、普通のお店で落ち着いたわ。あっ、良かったらケーキも食べていってね」

「は、はい」

 まさかの、まさかの鬼の女子たちによる喫茶店だった。

 ああ、だから無理やり江戸の町並みに洋風喫茶店をと、思考が捻れてしまう。

「ううむ。まだまだ慣れが必要だな」

 おすすめのケーキを追加注文しつつ、ツクヨミは気長に行くしかないかと苦笑していた。

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