第33話 友星VS黒城

「答えろ。珍妙な姿だが、お前が噂の半妖だな」

「ち、珍妙」

 豆腐小僧を抱いた友星は、あんまりな一言に呆然としてしまう。

 確かに魂魄だけっておかしいだろうが、他に言い方はないのか。が、ようやく敵に会えたのだ。何とかしないとと、友星は必死に黒城を観察する。

 その黒城は黒のスーツがこんなに似合う奴がいるのかと思うほどフィットしている。ネクタイも黒。まるでモデルのような細い身体に背は一八〇センチはありそうだ。

 平均身長よりやや低い友星とは雲泥の違い。

 そして作り物めいた顔。さながら悪魔か死神だなと、妖怪に強くない友星は思った。

「名は?」

 そんな悪魔のような死神のような男が、名乗れと睨んでくる。

「お、俺は」

「名乗るな。身体を支配されかねん」

 しかし、名乗ろうとした友星を止める声がした。晴明だ。

 えっと、この場合はどうすれば。

 非常に怖い目で睨んでくる黒城も怖いが、晴明も怖い。まさに前門の虎、後門の狼だ。どっちも怖い。

 友星は豆腐小僧を抱えたまま、何も出来ずに固まるしかなかった。

「その様子だと、操っているのは晴明か」

「あ、操っている!?」

「その魂だけの珍妙な姿の理由はそれだろ」

「――」

 凄く頭がいいみたいですと、友星はぐっと唇を噛む。

 黒城には晴明の声は聞こえないはずなのに、すぐに状況を理解してしまった。

 確かにこの姿は晴明のおかげなわけだけど、操られているのか。そうなのか。それはそれで複雑。 

「まさに好都合。今の貴様は一瞬で吹き飛ぶ存在だ」

「っつ」

 しかし、黒城の頭脳を賞賛している場合ではなかった。その頭の良さをフルに利用して、黒城は今、この瞬間に友星を倒せば楽だという結論を導き出してしまった。

 に、逃げなければ。

 しかし、ぐったりしている豆腐小僧を置いていくわけにはいかない。その豆腐小僧は、気を失っているというのに手にはざるに載った豆腐をしっかりと持っていて、何だか変な感じだ。でも、ここで放置するわけにはいかない。

「っつ」

「友星! 避けろ!!」

 どうしようと思っている隙に、黒城が一気に間合いを詰めてきてた。晴明の声に反応して、友星はさっと身体を捻る。

 が、それほど運動神経がいいわけではないから、ごろんっと大きく転がっただけだ。おかげで抱えていた豆腐小僧の豆腐が潰れ、二人の間で豆腐が飛び散る。

「ぎゃああ」

「何をやってるんだ。まあいい。豆腐が潰れたからといって死ぬわけじゃない。いいから豆腐小僧はどっかに置いておけ」

 晴明はこちらの状況が見えているのか、的確に指示を出してくる。

 いやはや、それはありがたいのだが、しかしどこに隠せと。黒城は目の前に迫っているし、後ろは荒ら屋。周囲は黒城の陰の気のせいか荒廃しまくっている。

「危ない!」

 また晴明の声がしたかと思うと、黒城の蹴りが目の前に迫っていた。さすがに避けきれず、思い切り顔面に食らう。

「がっ」

「お前は自分で考えて動くということが出来ないのか」

 倒れる友星に、にやっと笑って言い放つ黒城は妖怪ではなく人間だった。

 なるほど、これが半妖かと、自分も同じなのに感心してしまう。

 妖怪でありながら人間。感情が複雑だ。こういうニヒルな笑みが浮かぶところに、まだ人間らしさが残っているなと気づく。

「っつ」

 蹴られて顔が切れたらしく、血がたらっと垂れる。

 れ、霊魂だけのはずなのにと、友星はこちらにも驚いた。幽霊が怪我するなんて聞いたことがない。

「馬鹿か。お前は生きているんだ。傷は肉体と連動するぞ。あまりダメージを受けるな」

「え、はい」

 それ、先に言ってほしかった。

 まあ、死んだら終わりだとは聞かされていたから、考えれば解ることだけれども。でも、怪我も駄目だったとは。

「どうしようもない奴のようだな。それにお前、戦いというものに慣れていないな」

 そして、黒城からもそんな言葉を頂戴することになる。

 なんか、凄い劣等感に苛まれる。

 今まで真ん中よりちょい下を保ってきたはずの自分は、この世界じゃ何一つ出来ない。ついに下の下に落ちてしまった。凄く情けない。

「くそっ」

 しかし、どうすればいいんだ。何も出来ないながら友星は悩む。

 が、悩んでみたところでケンカは強くないし、黒城の言うとおり戦うことなんてしたことがない。武術もからきし。半妖としての能力だって、莉空がいてやっと雷が操れる程度だ。自分一人では何も出来ない。

「あまりにたやすく勝負がつくのは面白くないが、まあいい。貴様が消えれば、この街は滅びたも同然だ」

「――」

 ああ、そこはゲームや漫画のように修行を待ってくれることはないんだ。

 それはそうだ。現実の戦いにそんなお情けがあるはずがない。友星はぎゅっと豆腐小僧を抱き締めることしか出来ないのだ。

「死ね」

 ざっと腕を振り上げる黒城の手に、何かどす黒いものが集まっていく。それは一つのエネルギーの塊のようだった。バチバチと、電気のように音を放っている。

 あれが当たれば間違いなく死んでしまうだろう。

「――」

 終わると、黒城が腕を振り下げる瞬間に目を閉じる。

 しかし、待っても何の衝撃もなかった。

 しばらく待ってみても、身体が痛むことさえない。ひょっとして一瞬で死んだのか。それにしては、豆腐小僧を抱えている感覚はある。

「あれ?」

「なっ、なんだ?」

 黒城からも驚きの声が上がって、友星はそろっと目を開けた。が、今度は別の意味で固まることになる。

「これは一体?」

 そこは何だか乳白色の世界で、黒城の姿は見えなかった。

 一体何がどうなったんだと、新たな珍現象に目を丸くするしかなかった。

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