第34話 情けないし悔しい
唐突に目の前に広がった白色、いや、正確には乳白色の壁に、友星は呆然としてしまった。
しかし、これがバリアの役割を果たしていることは、黒城の攻撃が届かないことで解る。
「ひょっとして」
まだ腕の中にいる豆腐小僧の技かと思ったら、気付いた豆腐小僧も目を丸くしていた。
あれ、どういうことだ?
「それがお前と豆腐小僧の連携技だ」
「あっ」
状況をどこからか確認しているらしい晴明の言葉で合点した。
そうか、連携技ってこういうのもアリなのか。つまり、これは豆腐で作られたバリアってことか。
何とか守らなきゃと思ったことが、こうしてバリアとして実現されたということらしい。
「豆腐小僧。これ、俺と一緒にできる技だって」
というわけで、早速この技の要になる豆腐小僧にその事実を知らせた。すると、豆腐小僧は初め驚きの表情を見せ、次ににこっと笑う。
ううむ、豆腐を持つ奇妙な少年なのだが、その笑顔は可愛らしい。それにしても、あまり喋らない妖怪のようだ。言葉を発することが苦手なのだろうか。
「小癪な」
が、和んでいる場合ではなかった。乳白色の向こう側から、黒城の怒りを湛えた声がする。
ヤバい。これはヤバいぞ。
そう思っていたら、乳白色の壁がぶるんと震えた。さすが豆腐小僧とのコラボ技。この壁、いつも豆腐小僧が持っている豆腐のようにぷるぷるらしい。そこまで再現しなくてもいいのにと思ったが、バリアとしては最強だ。柔軟性抜群。
「衝撃に強いか。ますます猪口才な」
「――」
ああ、しかし。この壁は明らかに火に油を注ぐ状況だ。
黒城はどこからか破れるだろうと、八つ当たりのようにぶるんぶるんバリアを揺らしてくれる。すると、波が大きくなり、壁が薄くなる部分が現れた。
「ひっ」
その瞬間に見えた黒城の顔が怖すぎる。
美人が怒ると怖いというのは聞いたことがあるが、マジで怖い。まさに死神だ。
絶対に殺してやると、その鋭い目が語っている。
「た、助けて」
恐怖がずずっと這い上がってくる。
怖さの根源を、あの黒城は持っていた。それが身体を支配する。狐者異としての性質が、思い切り発揮されているのだ。ぶるぶると勝手に身体が震え始める。
「気をしっかり持て。相手に恐怖心を抱かせるのが狐者異の本質だぞ」
晴明の叱咤が飛ぶが、それでも無理だ。
狐者異は怖いの語源だとまで言われる妖怪だという。それだけに、傍にいることが怖いのだ。
それも、怒りが自分に向いているとなると、死を覚悟させるくらいの怖さだった。
やはり、黒城は妖怪としての部分が大きい。自分とは違って、ちゃんと妖怪としての力を発動している。
「――」
む、無理だと、思わず腕の中にいる豆腐小僧を抱き締める。
豆腐小僧も怖いのか、ひしっと抱きついてきた。
そのひんやりとした体温に、友星は守らなきゃと思うも、どうすればいいのか解らない。
自分には妖怪の部分がない。自分で能力を駆使して攻撃することが出来ない。誰かがいなければ何も出来ない。
とても無力だ。
絶体絶命だ。
半妖として自覚を持ったから街を守れるはずなんて、とんだ驕りだった。
もう駄目だ。そう思った時――
「友星!」
「大丈夫か?」
二つの声がしたかと思うと、どおおんと大音声が鳴り響く。耳がキーンとして、何が何だか解らない。腕の中にいる豆腐小僧は、その音で失神してしまったほどだ。おかげで、バリアが崩れる。
どろっとした豆腐が降ってくるかと思ったがそんなことはなく、何もなかったように消えてしまった。友星はその一連の出来事を、呆然と見ていることしか出来なかった。
「――」
そしてそのバリアの先、いたのは崇徳院と莉空だった。
助けに来てくれた。
黒い羽をばさばさとはためかせ、黒城と対峙している。ああやって見ると、確かに天狗だなと、そんなことを思ってしまった。
ああもう、自分って本当に情けない。
ああやって戦わなければならないのは自分なのに。何も出来ない。
その事実に、友星はただただ呆然としてしまう。
「手を引いて貰おうか」
その間にも崇徳院が一睨み。黒城はもう友星に攻撃できなくなってしまった。
「ふん。天狗二匹は面倒だ」
そして不利とみたのか、黒城はさっと身を翻すとどこかに消えてしまった。
まるで初めからいなかったかのように。その消え方も妖怪そのものだ。
それと同時に身体を支配していた恐怖も消えた。狐者異の気配が去ったからだ。
「間に合ったみたいだな」
呆然としていると、大音声のせいで聞こえなかった耳も元に戻り、崇徳院の心配する声がした。
それに、ふにゃっと友星は力が抜ける。何も出来ない自分が情けない。こうやって助けられるしかない自分が情けない。しかし、なにより黒城が怖かった。
同じ半妖だと、そんな生半可な思いで関わっていい相手じゃない。それが、よく解った。
人間なのに妖怪で、そして妖怪の部分が強い。そんな黒城に、自分は何も出来ないのだ。
それが、今はただただ悔しかった。
「こ、怖かった。あいつは、俺とは全然違って」
「致し方ない。無茶はするな。お前はまだ、ここに来たばかりなのだからな」
みんなに甘やかされている。
仕方なくやっていると知っているから、守ってくれる。
黒城の破壊は本格化し、対抗できるのは友星しかいないのに。
そんな感情が一気に押し寄せ、崇徳院の優しい声に、友星は悔しさのあまりついに泣いてしまうのだった。
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