第2話 妖怪は難しい
「お、俺が妖怪?」
「ええ」
必死に冷静になって確認する友星に、泰斗は無情にもあっさりと頷いた。それに、いやいやそんなと信じられない。
「え、だって」
「お前、父親が誰か知ってるのか?」
そこに、それまで黙っていた莉空が問うてくる。父親――その単語に、びくっと友星の肩が震える。
「知らねえんだろ? だって、妖怪だもん」
「そ、そんな」
確かに父の顔はもちろん、名前すら知らない。
母は五歳の時に亡くなっていて、友星は祖父母に育てられた。
その祖父母は、母のことは色々と教えてくれたものの、父のことは頑なに語ろうとしなかった。
訊いてみても、あんなろくでなしと言われるのがオチだった。
「貴方の父上は非常に美男子でして、そして人間の女性を誘惑する性質を持つ方なんです」
「だ、大迷惑」
「ええ。普段は自重されてますし、江戸の頃ならまだしも、今は妖怪として認識される方もいないものですから、間違っても子どもが出来るはずはなかったんですが」
「間違いが起こっちまったんだよ。お前の母ちゃん、月を見るのが好きだったみたいだな」
莉空の指摘に、友星はこの話を事実として認めなくてはならないらしいと、少し心が折れる。
そう、母はよく月を見上げている人だったという。学術的な興味ではなく、ただただ月の光が好きな、変わった人だったらしい。
そしてそれが、祖母には気に食わなかったという話も聞いている。夢見がちで困った子だったのだと、よく愚痴を零していた。
「本来はその方、妖怪ではないんですけどね。江戸時代に妖怪としての定義を与えられて、まあ、今は妖怪でも間違いない人でして」
「あの、何一つ解りませんが」
泰斗がどう説明すればいいのかなと苦心しているのは解るが、そもそも、妖怪を今日初めて見た友星には何が何やらの世界だ。というか、それほど妖怪に対して詳しくない。
「そうでした。すみません。ちなみに彼女、莉空が何か解りますか?」
泰斗は素直に謝ると、横にいる莉空を指差して訊く。
莉空はその背に大きな黒い翼があること以外は普通の可愛い少女だ。年齢は自分と同じか少し下か。服装も泰斗と違ってカジュアルで、やっぱり原宿か渋谷あたりで見かけそうな感じ。
一人称が俺なのと、蓮っ葉な言葉遣いが気になるところだが、かなりレベルが高い女子だ。
「堕天使」
「違うわい。何で洋物になるんだ。俺はどう見ても日本人だろうが」
友星の答えに、莉空は全力でツッコんで来た。
まあ、そうか。堕天使って洋物、西洋のものか。キリスト教がなければ生まれない存在だ。しかもこの妖怪、日本人という意識を持っているらしい。
「え、でも」
堕天使がすっごくしっくりくるんだよなあと、友星は首を捻る。
可愛い少女なのに、凄いギャップがあるし、翼があるし。
「日本で空飛ぶ妖怪で有名なのがいるじゃないですか?」
泰斗がヒントとばかりに言ってくるが、そもそも友星は妖怪に詳しいわけではない。昔から、どういうわけかその手の話は苦手だった。なぜか触れてはならない気がして、自然と避けていた。
「ううん」
「鼻が長いのが一般的ですかね、現世だと」
「あ、天狗」
ようやく、友星の頭の中で具体的な名前が浮かんだ。すると、莉空はそのとおりだと大きく頷く。
「そ、俺は天狗なんだ。だから空も飛べるし翼もある」
「へえ」
それ以上のリアクションは取れない。すると、もっと驚いてほしかったのか、莉空は不機嫌になった。ぶすっと顔を膨らまし、もっと崇め奉れという顔をしている。
「これは相当、お勉強してもらうことになりそうですね。なんせ、我々は貴方を頼るしかないんです」
「は?」
またしても嫌な予感と、友星の声は自然と不機嫌になる。
こういうの、漫画や小説やゲームで見るパターンではないか。よく来た旅の者よ、的な。すると、どんっと莉空が床を叩き、脅してくる。
「お前な。頼みごとをする側だからって下手に出てるけど、すんげえ方の前にいるんだぞ。その態度は何だ?」
「ええっ」
またしても解らないことが来ましたよと、友星は仰け反る。まあ、泰斗は只者ではない感じがするが、一体何の妖怪だというのか。
というか、友星はいきなり背後から天狗に誘拐されたのだ。何も知らなくて当然ではないか。
「ったく、こいつで大丈夫なのかよ。いいか、泰斗は
「――」
だ、誰ですか? と、もちろん友星は知らないから固まるしかない。そもそも、『たいざんふくん』がどういう漢字で表記されるのかさえ解らない。
「この様子だと、父君が妖怪に興味を持たないよう、呪を掛けられたようですね」
「なるほど、それで鈍感だし何も知らないのか」
しかし、友星の反応で二人は勝手に納得。何やら方針を変更すべくごにょごにょと耳打ちを始める。このままだと余計にややこしくなるぞ。そんなことを言っている。
「あのぅ」
「解りやすく申し上げます。どうか、我々が困っている相手を倒して下さい」
「はあっ」
解りやすくなったが、さらに面倒なことになったのは間違いなかった。
そして、やっぱりあの展開ではないかと、旅人が勇者になっていく様子を表すような音楽が、友星の頭の中で鳴り響いたのだった。
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