第27話 理不尽な試練
「黒城様。あちらが動き出しました」
「ああ。解ってるよ、イツキ」
友星がようやく莉空とのコラボ技を生み出した頃、こちら側でも動きがあった。
黒城は縊鬼・イツキの報告に頷き、あれだと、寺の片隅へと視線を動かす。
そこには新しく捕まえてきた人間が寝かされていた。六十代くらいの男性は、簀巻きにされて息も絶え絶えだ。猿ぐつわをされているから声も出せない。
「あれを使うんですか?」
意外なものが転がっていると、イツキは目を丸くしていた。もっと大々的な破壊工作を命じられるのかとばかり思っていたのだ。
「ああ。あれは甘ったれの半妖の関係者だ。いくら奴が半妖とはいえ、まだまだだ人間としての領域が大きい。ならば人間であるうちに憎悪に飲まれてしまえば、妖怪たちの望むような結末にはならない」
面白い考えだろと黒城はにやりと笑う。
しかし、そういう複雑な思考は純然たる妖怪のイツキには理解でいなかった。
何を楽しんでいるのか、解らない。だが、やりたいことは解る。
「彼を、こちら側のモノにしてしまうおつもりですか?」
「ああ。半妖というのは珍しい存在だからな。俺の今後のためにも、色々と試したい。いわば実験材料だな」
「味方にはしないと?」
「それは――奴が完全に化け物に変れるかどうか。それ次第かな」
にやりと、楽しそうに黒城は笑う。
その顔はどこまでも愉しんでいる顔で、イツキはほっとしてしまう。
取り敢えず、自分のポジションをあの出来損ないの半妖に脅かされることはないようだ。
「解りました」
だから素直に頷き、簀巻きにされた男へと近づいた。
男はすでに黒城によって徹底的に恐怖のどん底にいる。そこに縊鬼であるイツキが近づくと、まるで救いの手がやって来たかのように目が爛々と輝き出す。
そう、自らの死が総ての答えであると勘違いしたのだ。
「ああ、ようやく終わるんだ」
猿ぐつわを取ってやると、男から安堵のような声が漏れる。それに、いつの間にか横にやって来た黒城が笑う。
イツキと並ぶと、身長差は三十センチもあって見上げなければならない。イツキが見上げると、黒城は愛おしそうにイツキの頭を撫でた。
「目立つ場所に吊せ」
「仰せのままに」
しかし、命じられる内容は睦言とはほど遠く、どこまでも冷血だった。そして、死を司るイツキはそれに頷くのみ。
二人の間にあるのは同じ陰の妖怪だという絆。それだけでいいのだ。
「こいつは」
「まさか、こんな揺さぶりを掛けてくるなんて」
翌日。泰斗から見回りを依頼されていた烏天狗たちの報告を受けて現場へと駆けつけた泰斗と友星、それに莉空は呆然としてしまった。
いや、その中でも衝撃を受けているのは友星だ。呆然と目の前の光景を見つめる事しか出来ない。
現場となったのは、昨日も練習に使っていた河原。その河原の片隅にあった木に揺れる、一人の首吊り死体。
その死体の顔は、どう見ても現世にいるはずの祖父だった。
「そ、そんな。なんで、じいちゃんが」
ようやく漏れたのはそれだけだった。目の前の出来事の衝撃が大きすぎて、頭が上手く働いていない。
「友星のじいちゃんだって」
「本当ですか?」
「――」
泰斗と莉空が驚いて訊くが、友星の目は死体に釘付けになっていてそれどころではない。
祖父が死んだ。しかも首を吊って。
この不自然な死はもちろん、あの黒城の手下の縊鬼の仕業だ。
「っつ」
それに気付くと、途端に呼吸が乱れ始める。
自分が、ここの妖怪たちを救うために動き始めたからだ。これは見せしめだ。そして、その魔の手は――
気付くと走り出そうとしていた。しかし、それを止める手がある。
「待て」
「は、離せ!」
止めたのは、唐突に現れた晴明だ。ぎゅっと腕を掴み、そしてその頬を張り倒した。
あまりに唐突すぎるその一連の展開に、横にいた莉空と泰斗は身動きさえ出来ない。
「何すんだ!」
驚いたものの、友星は殴られる筋合いはないと怒鳴る。
そう、怒鳴らなければやっていられない。こんな理不尽なこと、受け入れられるはずがない。
悔しさに、身体が勝手にぶるぶると震えてくる。
「案ずるな。お前の祖母の周囲にはすでに結界を張っておいた。後手に回ったのは俺の落ち度だ」
「――」
晴明の言葉に、友星は目を見開いた。そして、信じられないものを見るように晴明を見る。
「自らを恨むな。恨むなら、俺を恨め」
「――」
どうして、と震えていた身体が落ち着いた。
晴明が守ってくれる必要なんてない。現実に起ったことと関係ない。しかも晴明がこの件に関わり始めたのはつい二日前だ。
それなのに、代わりに自分を恨めという。理解できなくて、走り出そうとしていた友星は完全に立ち止まって晴明を仰ぎ見る。
「ど、どうして」
「それが黒城の術だからだ。俺はその術を変更したに過ぎない」
どこまでも淡々とした晴明の声に、友星の身体から力が抜けた。
その場にぺたんと座り込む。
術。それが何かは解らないが、自分が感情のままに祖母の元に向かうのは間違いだと、それは理解した。
そして、自分には何も出来ないのだとも。
「おい。温かい飲み物を用意しろ」
「は、はい」
晴明の指示に、泰斗と莉空は動き出す。そして晴明は、ゆっくりと友星の背を擦った。すると、徐々に嗚咽が漏れ始める。暖かな感触に、ようやく頭が正常に動き始めた。
死んでしまったのだ。唐突に。
それは悔しいとか理不尽を通り越して、ただただ悲しかった。
「今は泣け。彼の無念の死を思って」
落ち着いた晴明の言葉に、友星はひたすら頷くことしか出来なかった。
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